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【2026/04/04 22:27 】 |
井上×木戸
前回の大木戸の前に入る話になるかと思います。
大阪会議だいたいおわったよ、な頃。

征台ありえないプンスコ!して実家帰ってた時期の木戸さんは
誰ともなんにもなければいいね。そうだといいね。


以下、よみものでございます。


『埋み火』
 欄干にもたれて外を見やると、淀川の堤はすでに白く覆われていた。凍えるように深い色の流れの上に、紙吹雪のような雪が舞っている。眼下を行く水の音は、いつもはもっとはっきりと聞こえるのだが、今日は新雪のやわらかな肌のうちにくぐもってしまうのか、時折下ってゆく舟の櫓の音さえも、やけに遠くに聞こえた。
 木戸は肩をすくませて、自分の両腕をしきりとさすった。今また流れの上を行く舟の、舳先に立っている船頭が着ている蓑笠の、枯れた色さえひどく寒い。まだ宵まで時があるはずだが、雪雲に覆われた空は薄暗かった。
 (今夜も冷えるな)
 そう思いながら木戸の唇は、淡く微笑んでいる。
 開け放った障子の向こうから流れこむ外の音とは別に、耳朶を拍つ響きがある。つい今しがた女中が報せにきたとおり、その男が踏板をきしませながら、階段を昇ってくる。
 すらりと襖が開いたとき、木戸は首だけをそちらへ向けた。
 「早かったな」
 そう声をかけると、まあ、とか何とか短く返事して、井上は室(へや)へ入り、後ろ手に襖を閉めた。
 「寒くないんですか」
 どっかと火鉢の前に腰を下ろして、開けたままの障子を顎で指す。
 「寒い」
 そう言いながら木戸は半分腰を乗せた窓縁から降りようとせず、障子を閉てもしなかった。外の冷気が、数日来熱しきった頭に心地良い。
井上は小さく溜息をついて、
「俊輔は」
と尋ねた。
木戸は大阪での大久保、板垣らとの会談が果てて後、伏見へ移った。約束した東京へ帰るまでの数日、京都を逍遙するつもりでいる。井上や伊藤も一緒である。そしてこの伏見の旅寓では、木戸と伊藤とは同宿している。
が。
「いないよ」
木戸は首を振ってみせた。ふくふくと笑いがこみあげてきて、それを井上の怪訝そうな視線から隠すために、ちょっと下を向いた。
「どこへ行ったんです」
「さあな。詳しくは聞かなかったが、だいたい知れたものだろう」
「ひとりで出掛けたんですか」
「出たときは一人だな。誘われたんだが、これからお前を呼びたいと言ったら、なんともいえない顔をしてすごすご出て行ったよ。普段お前が余計なことを吹き込むからだ」
「ああ……」
なるほどね、と顎の先だけで頷いて、井上は苦笑した。
「今日はそういう御用件で」
「何だと思ったんだ」
「それは、御用向の話かと思うでしょう」
「もう済んだじゃないか」
「まあ、ねぇ」
「心配するな。俺はちゃんと帰るから。帰ると言った以上は、帰るよ」
「それは、べつに、疑っちゃいませんが」
歯切れわるく答える井上の、ためらいと後ろめたさとを、木戸はよくわかっている。
近く、実に半年ぶりで、木戸は政府に復帰する。好きこのんでのことではない。本音をいえば、戻りたくなかった。半年前、なぜ自分が去らねばならぬか、その理由を縷々書き綴って叩きつけたあのときの主張は、今でも間違ったとは思っていない。ここで変節するわけにはいかない。といって、大久保のいう理屈も――征台のことではなく、興国の基礎を築くということについて――わからぬではない。たとえお飾りにもせよ、自分が戻る必要のあることも。
(戻るも不忠、戻らぬも不忠、か――)
ならばいっそ本式に引退してしまえばいいのだと、木戸の気持はそこまで傾きかけていた。
それを。
大久保との間に立って、懐柔の役にあたったのは伊藤と井上である。木戸とは古いかれらは、大久保の論理に服する一方で、木戸の煮え切らぬつらさも、十分に斟酌してくれているはずであった。そうして、自惚れかもしれないが、木戸のいうことにも一分以上の理を認めている。
(それがおまえの甘さなんだ)
今、きまりわるげに口の端を掻いている井上を前にして、木戸はなんだか気の毒にも、可笑しくも思う。大久保に自分を連れ戻すと約束した以上は、あとは目的のためにのみ動かねばならぬはずである。情実で政治はできない。しかし、かれらがきっとこうして苦い懐いをしているであろうことは、木戸はつきあいが長いだけに、よくわかっていた。だから伊藤を自分のお守りから解放して一人で遊びにやったし、また逆に、井上とは差し向いで会うことにした。
「聞多、」
あのな、と、木戸は欄干から身を離し、畳へ滑り下りた。
「四、五日遊んだら、大阪へ戻るよ。船はどうせ大阪からだろう」
「はあ」
「大久保は、まだ大阪にいるな」
確認しておきたかったのは、そのことである。そうして、井上に報せておきたかった。
「大阪へ戻ったら、大久保に会うよ」
「はあ……」
「二人で」
誰も容れずに。そう言うと、井上がちょっと息をつめるような表情をし、しかしすぐにそれを掻き消して、
「そうかね」
あさっての方を見上げて言った。そのまましばらくだまっていたが、やがて溜息をひとつつくと、
「それは、」
 と木戸に視線を戻した。
 「それは、仕方ないんだな」
 念を押すような問いかけに、
 「そう……。そう、だな」
 木戸はそっと下唇を噛んで頷いた。わずかな風が抜けていくような微笑をうかべたまま、なにかひどく手持ち無沙汰な気がして、井上との間に置かれている火鉢へ手をのばして、箸で灰を掻いた。
 「そうか」
 井上はもう一度言ったあと、
 「どうして俺にいうんです」
 と尋ねたのは、もっともな問いであっただろう。
 (おや)
 と木戸もようやくそこで自分のしていることの奇妙さに気がついて、
 「さあ、なあ……」
 火箸の先で炭をつつきながら苦笑した。
 まったく、大久保に会う話など――大久保に抱かれる話など、いちいち井上にしなくてもいいのだ。大久保がどうにも苦手で、苦手であるがゆえに、彼と体をかさねてしまうのでなければ、ともに出仕はできない。そういう木戸のねじれた心情を、井上は彼なりにわかっているはずだし、それだけに今さら聞きたくないであろう。ただ、そのあたりのことをつらつらと考えてみて、
 (――ああ、)
 そうではない、と思った。そうではなくて――これから大久保に抱かれるのだと言いたかったのではなくて、まだ抱かれていないと伝えたかったのだ。半年東京を離れて、大久保にも、誰にも、まだ触れられていないのだと――。
 「聞多」
 もう一度いいなおそうかと思ったが、いささかむくれて、しかしそれをむこうへ押しやろうとするように、妙にむずかしげな顔をしている井上を見た途端、急にどうでもよくなって、
 「寝ようか」
羽織の肩を抜きながら、みだりがわしく微笑んだ。
 
「いっそ、お前も戻ればいい」
井上の倒れかかってくるにまかせて身を横たえながら、木戸は数日来思っていたことを口にした。
「商売繁盛で結構だが、お前は物を売るよりも一国の経綸をにぎるほうが似合いだろう」
「それはまた、」
と井上が笑う。
「ずいぶん褒めてくれるんですね」
「本心で言っているのさ」
辞めて、もう、どれくらいになる。そう尋ねると、さあ、と首をひとつかしげてはぐらかされた。
尾去沢事件の弾劾につづいて、各省予算案の紛糾から排斥運動を受けた井上は、なかば癇癪をおこすかたちで、一昨年の初夏、とうとう辞表を出して下野してしまった。折しも洋行中であった木戸は、あちらから手紙をやってずいぶん慰留したのだが、結局「このまま廟堂の末席を汚しつづけるより、実業界に転じ、野にあって経済を興すに如かず」と言い放って、井上は官を去った。
(いま官にとどまるのがうまくないというのはわかるが)
どうぞ一時の休養であれかしと、木戸は自分のことは棚にあげて、そう願っていた。井上のやりようが乱暴であるとか、彼の態度が倨傲だとか、指弾されている内容のひとつひとつは、木戸にはよくわかる。しかしそれをもって彼を奸人だとか、政府から放逐してしまえといった説にはどうしても頷きかねた。情実でいうのではない。むしろ自分は人を推すには慎重なほうであると思っている。その自分の知恵と経験に照らして、井上はやはり、政界にいるべき人間だと思うのである。彼のためにではなく、向後国家のために。
「一緒に戻らないか」
襟元からすべりこんでくる手をとらえてもう一度言ってみたが、井上は口許だけで笑って首を振った。
「未練がないとはいいませんがね。どうも、今じゃないな」
「じゃあいつか戻るのか」
「さあ……」
おさえていた木戸の手をかわし、頬に触れて、
「いつになるかわかりませんが、木戸さんが待っててくれるっていうなら」
「おちょくるなよ」
「おちょくってやしないよ。あんたもたまには俺を待ってみればいいんだ」
そうだろ、と鼻先がふれあうほどの近さで、瞳をのぞきこまれる。その視線のつよさが息苦しくて、木戸は溜息とともにそっと睫毛をそよがせた。
 
井上の唇が、数度かるくふれ、やがて深く合わされる。無遠慮に入り込んでくる舌を吸い、こちらからも絡めてゆく。と、不意に彼の唇は逃げ、戸惑った木戸が目をあけると、にっと微笑まれる。そうしてまた口づけがあたえられる。何度かそれをくりかえすうち、
「……なんだ」
いくぶんあきれて問いかけると、
「なんだってこたないでしょ」
ひさしぶりだな、と思ったんですよ。井上はそう言って、今度は呼吸もままならないほどにきつく求めてきた。木戸は両手でぐしゃぐしゃと彼の髪をかきなでながら、息のつづくかぎりその舌にこたえ、深く貪った。
互いに夢中になっていると見せて、井上はちょうど頃合いに膝を潜りこませ、木戸の裾を割る。木戸は木戸で、井上の重さに身じろぐふりをして腰をひねり、両腿をひらいた。半年ぶりではあったが、そういう呼吸のはかりかたを、肌を寄せればすぐに思い出せた。たがいに馴染んだ体である。
「ずいぶん気が早いじゃねえか」
井上の膝頭が、すでに硬く張りつめている木戸のそこを嬲る。彼の唇は、二人分の唾液に濡れてぬらりと光っていた。その紅い色に体の芯が疼くのをおさえながら、
「期待しているからな」
がっかりさせるなよ、というと、彼はふんと鼻を鳴らした。
「今までがっかりさせたことなんかねえだろ」
「そうだな」
うなずいてやると、井上は自分から言ったくせに、妙にはにかんだような、しかしそれを苦く圧しつぶしたような顔をしてそっぽをむいた。
「気持わるいやつだな」
「その気持悪い俺にせいぜいひいひい泣かされてろよ」
「それはお前次第だろう?」
「やなやつだな、あんた」
むんと唇を曲げた井上が可笑しくて、木戸は全身で彼を抱きよせながら笑った。
 
「きついな」
と井上がつぶやく。
彼の指が、木戸の体の奥を探っている。それはよく知った感覚であったが、半年の空白は、木戸の体をまるで変化させずにはおかなかったらしい。
粘膜をじかに撫でられる愕きに、背筋がぞくぞくと慄える。同時に、そこを犯されるのだという感じがするどく肉を貫いて、その淫靡さに体が熱くなった。緊張を逃すためにゆるゆると息を吐きながら、井上の指が進んでくるのを、襞のひとつひとつで痺れるほどに感じていた。
指のつけ根まで挿れられて、また引かれ、ゆっくりと出し入れされる。指の腹で中を擦るその動きがたまらなかった。一度全部取りあげられたかと思うと、今度は入口を撫でられた。そこを押しほぐすようにして、また中を暴かれる。今度は、二本で。
「んっ……、ん、」
狭い粘膜を拡げられていく感じは、苦痛といえば苦痛にちがいない。しかし覆いかぶさった井上の体温が、落ちかかる吐息が、その苦しさをひどくもどかしい、甘いものにかえてゆく。体が、彼と抱きあった過去の感覚をとりもどしていく。
井上もまた、木戸の体をよく覚えているらしい。木戸の中がやわらかくなってきた頃を見はからったように、彼の指先はあやまたずそこを突いた。
「ひぁ……っ」
木戸の背がしなる。それがもとへ戻るのを待たずに、井上はそこへの愛撫をくりかえした。
「や、ぁ……聞多、」
ひさしぶりの体に、その刺戟は強すぎた。四肢がひきつり、涙がこぼれる。
「大丈夫だって。よくしてやるから」
耳許に低く囁かれる声さえ、官能を煽る。
「ほら、」
と、さらにもう一本、あたえられる指。はちきれそうなほど盈たされる感じと、弱いところを擦られる快楽が、ほとんど衝撃のようにして木戸を襲う。粘膜はすでにみずから潤って、抽挿を助けていた。
「あ、……も、駄……っ」
「いけよ」
ねじるようにそこを押しあげられ、同時に耳の中を舐められて、木戸はするどく、しかしかぼそい悲鳴をあげた。一体目をあけていたのかどうか、視界の奥で、白い光が弾ける。
「あ、あ、あ……!」
井上の指を締めつけながら、噴きだすような汗に全身を濡らして、木戸は達した。
 
「後ろだけじゃ無理かと思ったんだけどな」
まだ断続的に痙攣している体の上へ、井上の声が降ってくる。
「あんた、あいかわらず、すげえのな」
乱れた髪をかき上げられる。雄のにおいがたちこめるような眼でにっと笑われて、いま熱を放ったばかりの体が、内から絞られるような切なさを訴える。答える言葉もなく、汗に濡れたまま肩で息をしていると、
「そういう、さあ、」
井上はさっきまでの笑みを端だけ摺りつぶしたような顔をして、
「あんまりやらしい顔をしなさんなよ」
「な……にが、」
彼の姿も声も、淫欲の皮膜につつまれてじんわりと滲んで木戸へ届く。その声が、鬢の毛を揺らしてささやく。
「今すぐぶち込みたくなるだろ」
「…………ん……?」
木戸はゆるゆると首をかしげた。何だか、もう、よくわからない。ただ、井上のしたいようにすればいいのにと思って、それをいうかわりに、だらりと伸ばしていた膝を立て、両手を添えてひらいてみせた。
「ちょっと、おい……、」
息を呑む気配がする。
「今すぐ……じゃない、のか……?」
「あんたさあ、」
怒ったような声で呼びかけられたかと思うと、両脚を乱暴に抱えられ、ぐいと腰をひきよせられた。そのまま、一気に穿たれる。
「ぃ……っ、あ、ああああぁっ」
隙間を埋められたのではない、それはまさしく貫かれる感覚だった。肉がはじけそうに苦しい。何より、遂情後の倦怠から無理に呼び起こされて、強すぎる快感に神経が焼き切れそうだった。それは井上にも伝わるのだろう、
「休むか?」
体を密着させたまま、動かずに尋ねられたが。
「い、い……続けて、くれ」
もっと繋がりたい。もっと欲しい。そうささやくと、井上はなんともいえない情けない渋面をつくり、
「狭いな」
ふっと溜息とともにそう吐き出して、木戸の腰を抱えなおした。
 
木戸の好きな場所を擦りあげながら、井上は荒い呼吸とともに奥を突く。揺さぶられるたびに濡れた音が洩れ、抑えきれない声が灰青色に垂れこめた冬の空気をふるわせる。
「締まる」
井上の吐息が肌をくすぐる、その感触にさえ火照った肉が潤んでいく。
「聞多……」
よく知った温もりが、慣れたまぐわいが、嬉しい。
東京にいた頃、顔をあわせれば抱きあいたがった井上を、半年のあいだ、木戸は無論しばしば思い出した。体の疼く日がなかったわけではない。しかしたとえ今後もう井上に――それからほかの誰にも抱かれることがなくなったとしても、守りとおさねばならない信義があった。それは体面とか矜持とかいったつまらぬものではなく、それをやぶればもはや自分は生きてはいないと思えるほど、大きくつらいものだった。
否、いっそ自分ひとりのことならばいい。木戸が何よりも懐かしく悲しくいたましく思っていたその信義は、地下にねむる同志にかつて誓ったものだった。棄てられるはずがない。
井上もそれをわかっていたからこそ、最後の最後、もうどうあっても辞めると木戸が言ったとき、
「どうしても必要なときは戻ってくれますね」
ただその一点だけ念を押したのだろう。そうして、「国の士族連中は不穏ですから、帰郷はよくないですよ」と言った、そのことばを結局自分は諾(き)かずに東京を去ったのだったが――。
政務上のことは頻繁に書き送ってくる一方で、一通の艶書もよこさなかった井上の、意外なたのもしさと優しさを思って、木戸は彼の背を強く抱きよせた。
「いいか……?」
と尋ねる声がかすれている。寄せあった肌が、汗で滑る。
「いい、ぁ、そこ……」
「知ってるよ」
井上の動きが、激しく苛むようなそれに変わる。快楽の波が、受けとめきれるだけの潮量を超えて、木戸の体をさらっていく。繋がっている場所の感覚だけが意識を満たし、それすら溢れそうになって、その恍惚と恐怖に声をあげる。もう苦しいと思うのに、みずから腰を振り、もっと奥へ、もっと激しくあたえられるように動いた。
「あ、いい、ああぁ、」
井上を求める声は、自分の声とも思われない。第一それが実際にあげている声なのかどうかすら、木戸にはよくわからなかった。
「大丈夫かよ」
苦笑をふくんで、井上がささやく声がする。
「死んじまうぜ、あんた」
「ぃ……っ、ん……」
井上にしがみつき、あられもなく乱れながら、
(死ぬのもいいかもしれないな)
ぼんやりとそんなふうに思った。激しい媾合に溺れる体のなかで、そう思った胸のうちだけが、やわらかに凪いでいた。
 
肌を撫でる風が冷たい。
とろりと乳白色に濁った意識のなかから、ゆっくり引きもどされて目をあけた木戸は、開けたままの障子に気がついて、ちょっと頬をゆがめた。
衣服を剥かれた当初、そういえば寒いとは思っていたのだ。が、いつしかそれも忘れて夢中で睦みあった。今、何どきだろうか。
乱れていた襦袢の肩を入れ、起きあがって眺めわたすと、川のむこうに、うっすら朱がにじんでいるのが見える。曇り空のせいで夕焼けとはいかないが、水面を淡く染めて陽が落ちようとする頃である。
雪は、やんだようだった。
と、
「起きたんですか」
後ろからくい、と袖を引かれた。振り向くと、片肘をついて寝転がったまま、井上がこちらを見上げている。
「泊まってっていいでしょう」
「俊輔が帰ってきたらどうする」
「帰らねえよ。万一来たって追い返しゃいいんだ」
「ひどいことをいうなあ」
笑いながら立ち上がり、障子を閉める。桟をすべる音が鈍くかすれて、いかにも寒く聞こえた。
「ああ、冷えたな」
火鉢の上で手をこすると、井上もむくりと起きあがって、炭をのぞきこんだ。
それから木戸を見て、
「平気そうですな」
安堵したように、しかしわずかに面白くなさそうに言った。それだけで、その意味は木戸にも十分に通じる。
「そうでもないさ」
と苦笑して、まだ媾合の余韻がのこる体を、そっと自分の腕で抱いた。
「最後のほうはもう、あんまり……」
覚えてないな。そうつぶやいて、血のうちによみがえる感覚の甘さに、そっと唇を噛む。そうさな、と井上が火箸を握って灰を掻いた。
「あんた、伸びちまったから」
「それは悪いことをしたな。お前が終わる前だったろう?」
「そうだけど、まあこっちもそれでやめたわけじゃないんでね。よくないとは思ったけど、きっちり最後まで……」
「そうか」
井上が灰の上に描くおかしな模様を眺めながら、木戸はふっと笑った。
「だけど、あんた、」
と、井上の火箸が今度は炭をつつく。からりと乾いた音がして、小さな炭が転げた。
「揺さぶっても起きないから。本当に死んじまうんじゃねえかと思ったぜ」
「そうか」
ぱち、と火の粉がはぜる。井上が突きくずした箇所から顔をのぞかせた炭が、空気にふれて赤く熱していくのを眺めながら、
「いっそ、死ぬのもよかったかもしれないな」
なあ、と顔をあげた木戸は、しかし、次の瞬間にはその笑いをひっこめた。それから、
「そんな顔をするなよ」
いたたまれぬままに、井上の手から火箸をとりあげ、意味もなく炭を割った。
「木戸さん、」
「お前の思っているような意味じゃない」
本当に、違うよ。そう言いながら、炭を組みあげ、また崩す。
(死にたいほどいやそうに見えたのか)
それとも、仮に死ぬよりつらい我慢でも、あえてしろということなのか。
(どちらでもいい)
そのどちらだとしても、すでに覚悟はある。
「戻ったら戻ったで、したい仕事もあるさ」
黙ってお飾りにされてやしない。そうだろう? 
首をかしげて覗きこんだ井上の顔に、火影がゆれていた。
彼は彼なりに、木戸の苦労を慮ってくれているのだろう。たしかに、今回の復帰は本意ではない。
だが。
(誰しもおなじことだ)
一方で木戸はそう思っている。あるいは井上にだって、ままならぬ思いはあるだろう。それに堪えられぬほど、木戸の天性も、また経てきた過去も、やわではない。だから。
「べつにそんなことで死んでもいいと言ったんじゃないさ」
「じゃあ、何です」
ゆるく伏せた井上の眼に、恐れに似たものが影さしている。彼のそのためらいを、なにか美しいもののように観じながら、
「よかったんだよ」
体からしだいにひいてゆく熱をひきとめるように、気怠く視線を流して言った。
「そりゃあ……どうも」
「照れるなよ。薄気味わるいな」
「そういう言い方はないでしょう」
井上はむくれてみせたあとで、ちら、と何かもの問いたげに木戸を見上げる。その表情に微笑でこたえてやりながら、
「泊まっていくんだろう?」
掬いあげるように、彼の手をとった。
さっき井上が言ったように、伊藤は今夜は帰らないだろう。ならば息のつづくかぎり、井上と抱きあっていようと思った。
ながい空白のあとで官能をよび醒まされた体が、淫慾の蒸気に濡れている。復職ののちあらゆる艱難をひきうけるであろうからだは、その悲壮さを劣情に変えて昂ぶっていた。
(今だけは――)
今だけは、存分に溺れたい。
井上の手の甲を指で撫でていると、
「立ちなよ」
ぐいとあべこべに腕を引かれた。
「俺の好きなようにさせてくれるだろ」
指先に口づけられ、軽く歯を立てられる。それだけで甘い吐息が洩れるのを、井上は満足げに、しかしどこかさびしげに見やって、
「大久保が――誰もしないようなことをしてやるよ」
その口ぶりだけは傲岸にかまえていった。それがなぜかひどくまぶしく思えて、木戸は沈黙のまま目をほそめ、やがて微笑とともにうなずいた。

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【2013/01/31 20:34 】 | よみもの
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