御無沙汰しております。
さほど忙しくもないのに仕事を溜めては
「いやーこらだめだわーリフレッシュ休暇要るわー」とか寝言をぬかしている私は
一度大久保体制下の内務省に勤めみればいいんです。
げっそりやつれて「辞めてくいもはんか」って言う大久保さんが見られるね☆
松菊祭には行けませんが、遠く蝦夷より盛会をお祈りしております。
以下、よみものでございます。
『波間の追憶』
電報を披いたときには、すべてが畢わってしまったあとだった。
予感はなかったわけではない。内地の近況は頻々と、親しい人々から寄せられていた。そのなかにはかならず、彼の病勢についての報せがあった。
(どうも楽観はできまい)
そう思ってはいたものの、当の本人も、それが彼の気性で、ずいぶん筆まめに消息を寄こすのだし、それらの手紙にはさほど悪くもなさそうなことが書いてあるのだしで、まさかに今日明日にせまる病状だとはおもわなかった。
(迂闊――――)
というよりも、久々の洋行に知らず浮かれていたのだろう。無論遊びではないし、視察の合間にも日本で伏せっている彼のことはつねに胸に蟠っていた。このまま内地にいては心気を労するばかりだからと何度も渡航を促したし、ずいぶん気にかけていたつもりである。
それでも。
彼の自称する「無事」「小康」を鵜呑みにするなど、余人はいざしらず、自分にかぎってはあってはならないことではなかったか。
悔恨の唇を噛みしめると、窓外で英都の鴉が啼いた。割れた醜い声が切れ切れに高楼のあいだに谺して、井上は冷たい汗の染みた襟をかきむしるようにくつろげた。
電報のあとを追うようにして、それからしばらく内地からの来翰がつづいた。
が、ごくわずかな友人たちからのものをのぞいて、井上はそれらの手紙を読みもせずに焼き棄ててしまった。
どうせ自分の知りたいことは、書いてはいないのだ。
彼は――木戸はその生を焉える最期の瞬間に何を見たのか、思い出すのはいつの出来事だったのか。無論それらはついに木戸だけが抱えて泉下へ行ったのだとしても、たとえば盛大であったという葬儀の日、東山の風はどう薫っていたものか、緑の色は彼が愛したそれにすこしでも庶かったであろうか。地下に眠る同志の記憶とともに、息苦しいような思いで愛した京の町を、しかし彼はついにゆっくりと逍遙するような閑時日はもてなかったが。せめて彼を野辺に送る日、初夏の京の陽は彼にやさしくあれかしと、井上がそれが罪ほろぼしでもあるかのように、切に願わずにはいられなかった。
(案外なものだ)
煤烟にけぶった倫敦の緑を眺めながら、井上は顔の傷痕をゆっくりと撫でさすった。
いつの頃からか、気の逸ってしかたのないときには、そんな仕草で肚を癒やす癖が身についていた。
「兇変の思い出になぐさめられるのか」
おかしなやつだな、と木戸が笑っていたのは、いつかの青葉の頃ではなかったろうか。それはこんな灰色の薄曇りではなく、風がかがやくように澄んだ日本の空の下である。
「あなたも、すこしはご自分でなさいませんと」
傍らで妻の武子が声をかける。西洋鞄にせっせと洋服を詰めている彼女は、婦女のつとめにおいても西洋流が気にいったらしく、並の日本の女のようにはまめまめしく夫の身のまわりの世話を焼かない。
「適当にやっておいてくれ」
「お召し物はそれは、私がいたしますけれど」
いろいろお書き物などもお持ちでしょう、私が手をふれてよろしいんですか、と武子はうつむいて手を動かしながらきびきびと問う。明日にでも船が出るような、また出ればいいといったような働きぶりである。彼女は彼女なりに、二年ぶりに踏むことになる日本の土が懐かしいのであろう。帰朝が早まったと告げたときはずいぶんがっかりした顔をしていたが、こういう切替えの早さと手際のよさは、なるほど世間がいうとおりの賢夫人であるのかもしれない。
が、井上の感慨はいまはそのことにはない。
(あの大久保が斃れたか)
帰朝命令は大久保内務卿の上におきた変事と、また抑えた筆勢ではあるが政府の動揺について語っていた。
(大久保が――)
中興の業半ば成ったりとはいえ、世がいまだ浮いた脂のように、海月のように漂っているこのとき、顕官の地位にあればいついかなる兇徒に狙われてもふしぎはない。皆ひとしくその覚悟はもっている。ことに大久保などは、怨嗟の的にもなっていたろう。けれども、あまりにそのときは不意にきたものだと思った。
そうして井上は、木戸の訃報をうけとったときよりも、むしろ今回の変に狼狽している自分を知ったのである。
それは決して、木戸よりも大久保を有為の材とみなしているということ――大久保の生死は木戸のそれより重いと考えているわけではない。ただ、愕いたという感じは木戸のときよりも強烈にあった。ひとつには早くから病みついていた木戸に対して大久保の場合は不慮の遭難であったせいともいえようし、おそらく何よりも、永訣そのものについての感傷をさしはさまないぶんだけ、大久保については純粋に驚愕のみであるのだろう。
(それは、まあ、)
そうだが。
井上はいったん自分で下した結論に、みずから首をかしげた。
木戸を喪ってからすでに一年を閲している。訃報をうけとった当初井上は、惨痛の予感におびえた。日が落ちて夜が更けて、床に就くのも恐ろしいと思った。眠れば夢を見てしまう。
が、井上の生理はことごとくその予感をうらぎった。床に入れば輾転する間もなく、彼の体は眠りに落ちた。恐れていた夢も見たものかどうか、朝になって目ざめたときにはわからなかった。食も細らず、暮夜不意に膝を折って慟哭するというようなこともなかった。
ただ、ひどく疲れたと思った。
『俺もずいぶん世に旧(ふ)りた』
生きすぎた、というようなことを、木戸はよく口にしていた。よくない癖だと思っていたが、それが愚痴でも、まして屈折した衒気のあらわれでもないことを、今にしてようやく知るおもいがした。
苦悶に身を裂かれるほど、すでに自分は若くなくなっていたのだ。世にありとある歎きにたいして、ものを思う以前の皮膚感覚のようなものが、長く世間の風にあたるまに摩耗している。泣きさけび苦しみまろぶようなみずみずしい悲しみは、もはや自分たちのような年齢の者のよくするところではないのだった。木戸はそれでもよく歎きよく泣くほうだったが、その悲しみは若い者のそれとはあきらかにちがっていた。ときに井上ですらも重苦しく思ったあの沈鬱さは、木戸の持ち前というよりも、生きすぎた実感をもつ者にひとしく醸されるものではなかったか。
今おなじ空気を自分が帯びはじめていることを、井上は感じている。急に年をとったような気がした。ただただ体が重く、前途が物憂く、過去が虚しい。それでも果たさねばならない仕事があると思うのは、老年の惰性であるのか、ほかの何物かなのか。克己や自律のこころとはべつの回路で、井上はひたすら荒漠とした感じをあじわっていた。
船は、夜の洋上を東へ辷る。今宵風はない。鏡のような、などというと陳腐にすぎて詩にも何もなりはしないが、凪いだ海面に月が白く浮かぶさまは、ひょっとすると今地球の上には自分ひとりではないのかと思うような、冴えきった静謐さがあった。
かつて木戸も大久保も洋行の途上に、こんな夜を越えたことがあったかもしれない。あるいはかれらは旅の無聊やそのときの必要にかられてしぶしぶ互いの胸懐を語りあったかもしれないし、ときには船上で体をかさねることもあったかもしれない。
(大久保も往生したろう)
かれらのいずれもが鬼籍に入ってしまった今では、嫉妬よりもむしろほのかに苦く懐かしむ気持で、井上は二人の交情を思った。
(あの人も、結局何を考えていたんだか)
あれほど親しみ、あれほど求めつづけながら、そのあたりの機微はついに井上にはわからない。
木戸は日頃極端に大久保を悪むと見せて、何かの折にはふいと彼に抱かれてきた。それも、いつでも木戸から誘うのである。木戸自身がそう言ったのだからそうなのだろう。なぜそんなことをするのかと問えば、いつもきまって唇の端をむず痒げにゆがめて、
「あの男は閨事だけは実にいいんだ」
そんなことを言った。
無論それが木戸の本心でないことはわかりきっている。大久保が存外房事が巧いというのは嘘ではなさそうだったが、まさかにそれだけで男と寝る木戸ではない。
(つまるところは何だったんだろうな、あの二人は)
おそらく井上には永遠にわからないのだろう。かれら自身にもわからなかったにちがいない。同志とはよべないが、政敵というほど扞格があるかといえばそうではない。情人というのもちがう気がするし、ましてまちがっても恋人などではない。
そういう息詰まるような関係に、大久保は冷然と耐えることができた。そういう何とも処理のしようがない、しかし決して袂を分かつことのできぬ相手と、ときに騙しあい、ときに手を携えて国事にあたることができた。
平生如才のない木戸のほうが、かえってそのあたりは不器用だった。
彼は大久保が木戸に対してまたそうであったように、本当のところ決して大久保を憎んではいなかった。むしろ大久保のある面においては木戸以上の(木戸はついにそれを認めようとはしなかったが)理解者はなかったといってよい。政見や手法はまじりあわなかったけれども、かれらは国事というものに対する肚づもりといおうか、もっと根源的な感覚において、ときに同一人におもえるほど多くのものを共有していた。それはあるいは井上のみるところでは、互いの齟齬よりももっと悲劇的なほどに深く、生々しかったのである。
木戸は大久保を憚ってはいなかったが、おそらく大いに畏敬していた。何の屈託もなく彼と手を携えることができれば、木戸にとってこれほどいいことはなかったろう。大久保はとっつきのよくない男だったが、かつてあの大村益次郎を推挽し、親しくつきあっていたことを考えれば、寡黙、冷厳などという性質を木戸がそう苦にするともおもえない。大久保についてもまた、べつにその人となりを嫌いではなかったろう。
ただ、時勢が木戸を木戸たらしめ、大望が大久保を大久保にした。
かれらの、一見激しく反目するかに見えた複雑で微妙な関係は、つまりはそこに胚胎しているといってよい。木戸が単に木戸個人で、大久保がただ大久保一個であったならば、かれらはもっと睦まじくつきあったのにちがいない。国家がかれらを拘束し、志がその自由を矯めたのである。すくなくとも井上は、そう見ていた。
(難儀な人たちだったな)
間に立って苦労もした。井上もまた大久保と木戸の融和は政権の安定上不可欠だと見ていたし、そのためなら多少木戸の機嫌を損ねても仕方がないと思っていた。だからこそ岩倉以下の外遊の話がもちあがったとき、両者が内外に離れて無用の確執を生じないようにと、揃っての洋行が叶うようにずいぶんと骨折ったつもりである。留守政府での仕事は実に困難だった。それをわからない木戸でもあるまいに、洋行先から井上などのやり方をいかにも青書生の軽佻さだとばかりに難じてきたときは、さすがに頭に血がのぼったが。
(あれは俺の悋気だったかな)
と、今になってそのときの腹立ちをおかしく思う。
木戸のいない政府で、しかも木戸がかねて情を通じた大久保とともに出かけたあとの政府で、政敵たちの突き上げを食いながら難儀な仕事に汗を流しているというのに、まるで鬼のいぬ間よろしく放縦にふるまっているかのような譴責をうけたのでは、男の一分が浮かばれないではないか。それに、留守政府に対する不満を、木戸はただ自分宛の手紙でのみ洩らしたわけではなかろう。それは洋行組のなかで幾度か語られ、誰かに諮った内容であるにちがいない。たとえばそれが大久保との閨語りでなかったという保証は、どこにもないではないか。
思えば思うほどかっかとのぼせあがったいくらか若い日の自分は、ほとんど絶縁状みたような手紙を木戸に送りつけた。木戸は木戸で、もうそんな反応には慣れっこだというように、かるくいなすばかりの返事をくれて、あとはいつもどおり、視察の感想だとか今後の政策について語るのだった。結局なんとなくはぐらかされて、海濤万里をへだててはなすすべもなく、井上はただ首を長くして木戸の帰国を待ちわびた。帰ってきた彼を正院の廊下に見出したときは、制止もきかずに空き部屋へ連れ込み、服を解く間ももどかしく激しく犯した。
『聞多……』
苦しげに眉根を寄せながら、あのとき木戸は譫言のように、帰ってきたよ、とささやいた。思い出してはそのたび体が熱くなったあの声も、しかし今はぼんやりと遠く霞みがかっている。
(ずいぶん、生きた)
ふと木戸のようなことを思った。ただ、ずいぶん生きたがまだ飽きもせず生きて長らえ甲斐があると思っているぶんだけ、自分は齢(とし)ににあわず命根性がきたないのかもしれない。
『ぜんたい、人間年をとってからのほうが長いのさ』
昔そんなことを言っていたのは、あれは周布政之助だったろうか。
『そう血気に逸ってどうする。時勢が熱しているからといって、こっちの頭までのぼせているようではどうにもならん』
分別がましいことをいわれて、あのころの自分や高杉は憤慨したものだが。
『いまこの秋(とき)、狂の一字にあらずんば世など動くものか。老いてからが長いなんぞというが、老少不定ということばがある。第一今の世に天寿を全うするつもりでいることがそもそもけしからん』
高杉の仏頂面の記憶も、年々おぼろげになる。あのとき、自分もきっとおなじ顔をしていた。
『いわせておくことさ。老いては麒麟もなんとやらだ。老人はいかんぜ、やっぱり』
可笑しいのは、あのとき老人と称んだ周布の年齢を、自分はすでに超えているのである。それでもまだ書生に毛が生えた程度に自分ではおもっているが、あのころの周布はどうだったのだろう。考えてみれば、ああして年寄くさい説教をぶったわりには、藩の高級吏員としては周布は破格に雑駁で、過激であった。
(あのころの連中は誰も皆、ずいぶん奇矯だったが)
それでも若さゆえの客気と、長らえたのちのくすぐったいような、それでいてかわいた悲哀とは、おおむね誰にでも共通するものらしい。齢のとりかたばかりは皆平凡なのだとおもったとき、井上はそれが非常な発見のようにも、またひどくつまらない感慨であるようにも観ぜられた。
「髪を編んでやろう」
というと、末子はきまってきまりわるげな微笑をうかべる。いやだとはいわないが、実際はありがた迷惑であるのを井上は知っている。それでも「はい、ありがとうございます」と答えるのが、きかん気の娘のわりには妙にいじらしくて、井上はつい、父親というよりも少年のような気持でちょっかいをかけたくなるのである。
「お父様、」
丈なす黒髪を無骨な手にあずけている少女は、遠慮がちに、しかしいくらか非難めいた声音で自分をよぶ。痛い、というのだろう。いつもきつく編みすぎるのだと、妻に叱られたことがある。その武子は今は船中で親しくなった西洋婦人と、拙い英語に身ぶりをまじえて、茶話室で何やら語り合っている。お目付役のいないのをいいことに、船旅の無聊に倦んだ井上の舌はつい多弁になる。
「できるだけきつく編んでおくものさ。象をもつなぐ女の髪なんだからな」
「私は象を曳いたりいたしませんわ」
末子は可愛らしい唇をとがらせる。
「象は曳かんでもいいがね、女の髪なぞ乱しておくものじゃない。操とおなじで堅くむすんでおかなけりゃ」
「そんなお話は末子には早くてよ」
「おや、何の話かわかるんじゃないか。おまえもどうして、ませているな」
「お父様はいじわるです」
きっと振り向こうとして、毛先を強く握られている末子はそれも果たせず、悔しそうに、また気恥ずかしそうに眼をそむけた。そのいかにも気の強そうな、しかし利発そうな表情は武子に似ていると思った。
(おかしなものさ)
生さぬ仲であるのに、いつのまにか末子は自分と武子のあいだに生まれた子のような気がしている。自分の片割れのようでもあり、また日一日と娘らしくなる近頃では、ときに未知の女を見るようでもあり、いずれにせよひどく愛おしい。
『なんだってそう他人(ひと)の子の世話をしなきゃならないんです』
かつて木戸にそう言ったことがあった。年端もいかない幼童からいい大人まで、後ろ楯にこまっているとみれば誰彼かまわず(と、井上には見えた)養子にしてしまう。また養親にならないまでも、家に置いて衣食の面倒をみる。
『べつに道楽でやっているのじゃない』
と木戸は言っていたが、果たして彼の弁のとおり、それが後来有為の材を育てるためであったとして、かれらへの木戸の親切はいささか過剰なほどであった。
(まあ、あながち道楽とばかりは、それはいえんだろうが)
つまりは性分だったのだろう。人材云々というのは、そういう性分に自分ながらあきれるところがあったらしい木戸の、一種の韜晦であったにちがいない。
(そういうあんたの気持をさ)
自分もようやくわかりかけてきたのだと、胸のうちで地下の木戸によびかけてみる。自分はもはや人生の半ばをすぎたが、この末子などは自分が死してのち数十年もこの国に生きてゆくのだ。末子が誰かに嫁して子をなせば、その子はさらに先を生きることになる。自分のもはや手の届かない、あるいは想像すら及ばない後世を、子供たちは見るのである。ごくあたりまえのことではあるが、連綿と、かぼそくつづいてみえるその糸につらなるかれらは、そうと思って見るとなにやら胸にせまる愛(かな)しみでもって自分のような“老人”を圧する。
「ね、お父様」
末子の小さな頭が、いくぶんものおもわしげに下を向く。
「御一新のときのことを、末子はよく憶えておりませんけれど、半年や一年というあいだに、世の中はずいぶん変わってしまったのでしょう」
「それァ、な」
何をいいだしたのかわからないが、やっぱりませた物言いをする子だと、井上は三つ編みの手をふと止めた。
「そうでなくちゃ御一新とはいわれめえ」
若干のたじろぎが、口調を伝法にしている。
「それで、どうしたね」
「いいえ。御一新は大変なさわぎだったと聞いておりますが、末子には近頃もずいぶんいろいろなことがあったように思えるんです。ほら、鹿児島の戦争ですとか」
「まあ、なあ」
「でも、そんなふうに思うのは、末子がまだ幼いからなんでしょうか。御一新は、もっと……」
「いやさ、」
井上は三つ編みの先を手早く紙縒で結わえ、先を切ると、人差し指でむずむずと鼻の下を掻いた。
「御一新は難儀だったにはちがいないが、今だって大変なものさ。大久保内務卿のこともあるし、世間の騒擾は当分はおさまるまいよ」
「そうですの」
末子は長い睫毛を伏せた。
「それが、おまえ、どうしたんだ」
前へまわって顔をのぞきこむと、末子は自分の憂愁をみずからはにかむように微笑んで、
「そういうご時世なら、二年見ないあいだに日本はずいぶん変わってしまったかもしれないと思ったんです」
小さな、しかし澄んだ声でつぶやいた。
「ふうん」
と、井上は首をひねった。
「おまえ、おきゃんなわりには懐古家だったんだな」
「お父様には、そういうお気持はおありにならないの」
「さあなあ」
ふと笑みをひっこめたのは、なるほどふしぎなことだと思ったからである。洋行に発つ前になにかと不愉快な政紛ばかりあったせいか、どうも日本の土が恋しいというような感傷はおこらなかった。あるいは若い時分に、再び還れぬかもわからない悲壮な船出を経験したせいだったかもしれない。
「俺は、アラビア馬だからな」
強いて笑ってみせると、末子は可愛い首をかしげて「アラビア馬ってなあに」と尋ねた。知らなくてもいいさと答えたときの胸には、あるいは少壮客気のころの思い出が、かわいた苦みとなって去来していたであろうか。
茶話室を覗くと、武子はまだ西洋婦人と談笑をつづけていた。こちらへ気がついて立ち上がろうとするのをやわらかく眼で制して、井上はそのままひとり甲板へ上がった。
朝の海上を狭霧がゆっくりと流れている。風が好ければ今日あたり日本へ着くのだと、二、三日前に船員が報らせてくれた。そういわれてみれば大気の湿りぐあいがどことなく日本をおもわせるような気がする。
(またいやな時期に帰ってきたもんだ)
頃は大暑へ向かおうとしている。ロンドンにいれば涼しい夏が過ごせたものをと、大久保をうらめしく思う。彼を害した刺客ではなく大久保その人のせいだと思うあたり、おかしなものである。それは憎しみではなく懐かしみとくすぐったさのこもった感覚なのだが、ごくわずかな例外をのぞいてわかる人はあるまい。
無造作に撫でつけた髪を、海風がなぶる。甲板にはほかにも人が出ていたが、井上は誰とも話をせずに、だまって波のきらめきを見ていた。
(波の底にも都のさぶらふぞ、か)
何度も何度も、ときに殆い命をようやくかかえて渡った壇ノ浦の海を思い出した。二位の尼が安徳帝を擁して沈んだ水底には、はたしてかれらのための宮居は美しくそびえてあったろうか。
(俺はおもえばいつも、渡海ばかりしているようだ)
四面を海に囲まれた国の、かつまた海に面した藩国に生まれたのだからそれも当然なのだが、今日ばかりはどうも、気ぶっせいで仕方がなかった。命がけのつもりがいつも無事に渡りきったという思いもあったし、一方で、ひとつところに落ち着かない身の上を自らわらう思いでもあった。
(いっそ奏任官くらいの身軽な肩書ならよかったんだ)
外務省の書記官かなにかとして、ずっと海外を飛びまわっていられるものなら、自分にはそのほうがよかったかもしれない。
子供がむずかっているのとさしてかわらない次元の感情で、ここへきていよいよ帰朝を歎ずる念は深まさっていた。その情念の根にあるものを、井上自身、何ともつかみかねてはいるのだったが。
ふと頭のうえをするどく影がよぎって、あっと身をかがめながらふりあおぐと、それは灰白色の翼だった。
鴎だ、陸が近いぞと誰かがさけび、甲板にどよめきがおきる。いやな動悸がして、井上は船酔いをよそおって手摺に身をもたせた。
眼にうつる波の色が、さっきまでよりも濃く青い。霧が霽れていた。
「ああ、富士」
滾るようなうるみを帯びた声で、誰かが大きく息をついた。
「富士だ、富士だろう、あれは」
かきくどくように、歎くように声はつづいた。
「富士だなあ」
と、べつの誰かが唱和する。
「富士だよ、やっぱり」
「うん。やっぱりどうしても、富士だ」
ひどく間の抜けた応酬に、しかし井上は深く感じ入り、そうして感じ入った自分をおどろきとともにながめた。
(富士だ)
と、詩もなにもない感歎を、しかし突き飛ばされるような衝撃として、自分もまたあじわっていた。
一万三千尺の峰は、いまは朧な薄霞のようになった海霧のむこうに、その胸から上のあたりを青くのぞかせていた。霊峰、という陳腐な形容を、このときばかりは身をあらわれる思いで井上は反芻していた。
船が近づくにつれ、裾野の緑もじんわりと視界の彼方にひろがりはじめる。朝靄のなかにあわくけぶり、濡れてしたたるあの色味は、ゆたかな水気の醸す、たしかに日本の緑だと思った。
(日本、か)
日本人、というよび名が(幕末あれほど戦略的にその手のことを呼号しながら)いまだに面映ゆいのは、天保老人の通弊であろうか。けれども自分はどうやらまちがいなくその日本人であったらしいと、片頬をゆがめて水洟をすすりながら、井上は思った。
富士が青い。夏の緑がまぶしい。
長く異土にあっても望郷の念など懐いたことはなかったのに、眼前の風景は井上の感傷をはげしく刺激した。
『仕事が片付いたら青葉狩りに行かないか』
潤むような微笑を上せてそんなことを言っていた木戸は、見慣れた景色のなかに、とうからこんな感傷を見出していたものであろうか。
『風流だねえ、あんたは』
と笑った日の自分は、そんな思いはついぞ知らずにいたが。
『俺は青葉なんぞより女の尻でも漁るほうが好みだね』
といったら、おまえはどうも脂っ気がありすぎるといって苦笑していた、彼はあるいは緑の香や風の色にも、ひとつひとつ、こんな胸の塞がるような懐かしみをおぼえていたのだろうか。
ああ、日本の緑だと井上は思った。それは父祖の墳墓の色であり、亡友たちの墓標のかかがやきである。そうして今、山ごもれる国、青垣の奥に、人々がそのつましく可憐な日々を送っている。
(あんたが恋してやまなかった国だ)
噎せかえるような痛切さでそう思った。
木戸が、ためにときとして心身を害するほどに深く烈しく恋着したこの国である。木戸の愛した空、木戸の愛した山なみ、木戸の愛した緑、そして何よりも木戸の愛した人々。
「帰ってきちまったなあ」
思わず声が洩れたが、誰も笑う者はなく、むしろ皆うなずきながら、粛然と水平線の先に見える日本に向きあっていた。
かれらの感慨と、自分のそれとはいくぶんちがうであろうが。
鼻の奥がつんと痛んだ。これが日本だと思った。二年見ぬ間にも、それは変わらずに麗容をたたえていた。
(俺があんたを忘れないかぎり)
木戸が愛した国のすがたこそが、自分の日本だと思った。それは心強いようでもあり、一方ではひどく持ち重りのする、また身を刺されるような呪縛でもあった。
日はすでに富士の頂をこえて、青く水気の勝った国土を濡れたように照らしていた。ああ、美しいと井上は思い、思ったぶんだけ手摺をつよく握った。
「お父様」
弾けるような声にふりむくと、武子に連れられた末子がおさげ髪をはずませんばかりの昂奮をあらわにして、
「ほんとう、富士だわ。とうとう日本ですのね」
さっきまでの銷沈ぶりも忘れたような笑顔をみせた。そうだな、帰ってきたよと頷いた井上は、そういえばこの二年でいくらか背丈も伸びた娘を、手招きして自分の横へ入れてやり、
「日本は、いいな」
と喉奥ですりつぶすように言った。
「そうね、いいわ」
と屈託なく末子が答え、そのまぶしすぎるほどのあかるさに井上は目をほそめた。
漁船が近づいたらしく、船が悍馬の嘶きのような汽笛をひとつ鳴らした。朝靄のなかともおもわれぬ澄んだ響きに乗客たちは一瞬びくりと肩をふるわせ、それからなんとなくたがいに微笑みあった。
波濤のさきにうかぶ緑の色ににあいそうな笑みだと井上は思い、その発見を誰かに話そうとしたが、ちょっとあたりを見回すと、すぐにその少年のような表情をひっこめた。
船はもう一度汽笛を鳴らした。接岸のときはもうそこまできているらしかった。
[50回]
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