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【2026/04/04 22:27 】 |
大久保・木戸
2人がもやもや会話しているだけの話。

この2人はあくまで奥歯にものの挟まったようなまだるっこしい、
しかしその奥歯の歯ぎしりの聞こえるような烈しくいやらしい(性的な意味でなくw)
舌戦を日常的にやっているといいと思います。

全然いちゃこらはしてないです。
いちゃこらもだいすきですが、書くのは骨が折れます。

先輩諸姉におかれましてはこれからもたくさんいちゃこら書いてくださることを祈っています。


『苛吾(かご)の鳥』

「桜田堀のあたりに、祠がありましてね」
 

執務室の窓際に立った木戸は、気怠そうな眼を硝子戸の外へ投げながら言った。
彼が疲れているのは、ここ最近の体調のせいもあろうが、何よりついさっきまで、
彼が背にしている執務机の向うのソファに掛けた大久保を相手に、
激しく議論をぶったからにちがいなかった。
 

大久保は木戸の美しい――しかし青臭い理想論に決して推服はしなかったが、
それでも黙って言わせるだけ言わせておいた。ひとたび憂国病の発作を起こした木戸に
何を言っても仕方のないことを、大久保は幕末以来の付き合い(それは睦まじいものではなかったが)
を通してよく心得ていた。木戸は憂憤に熱した舌を自分と止めかねたが、一点染みのように残った
彼の醒めた思考は、目の前の大久保の沈黙が、自分の声を聞き、考えるために保たれているのではなく、
ただ自分を相手にすることの億劫さからであることをよくわかっていた。
ために彼は苛立ち、ついに泣いた。大久保はそんなことにももう慣れっこで、
木戸の熱誠に感じ入ったようなふりをしてみせ、やはりその空虚さをおぼえてしまっている木戸は、
大久保の言葉に宥められたふりをした。
 

そして、訪れた沈黙の時間。
 

木戸はそれをもてあますように窓の前に立ち、彼の長年の癖になっている深い溜息を洩らしたあとで、
ふいに独りごとのように言ったのである。
桜田堀のあたりに祠が、と。
 

「ご存じですか」
と、木戸は彼自身愉しくもなさそうな枯れた微笑を浮かべて振り向いた。
「いいえ」
大久保は木戸の微笑には応えずに、問いに対する返事だけをした。
「小さな祠ですから、気をつけていないと見落としてしまうのですが」
「それが見つけられるほど、ゆっくりと散策などなさったわけですか」
無表情のまま発せられた大久保の言葉に、木戸の目つきが尖る。
「嫌味ですか」
「なぜ?」
「ろくに出仕もしないくせに、ふらふら遊んでいるとおっしゃりたいのでしょう」
「まさか。無論出仕はしていただきたいですが」
「もうここに私の居場所はないでしょう」
「そう思っておられるのはあなたお一人です」
「まあ、いずれその話は決着をつけましょう。――祠は、何も私が見つけたんじゃない。
それに今もあるのかどうかわかりません。昔の話ですから」
大久保は祠の話などに興味はない。しかし木戸が話したがっているのだから、大人しく聞いたほうが
得策であろう。大久保は先を促してやった。
「なぜ、あなたが昔の祠のことなど?」
「開港騒ぎの頃のことですよ。ちょうど江戸におりましたから」
「ああ、それで桜田――」
「そう、藩邸は桜田にありました。邸の誰かが言い出したのです。堀の近くにみすぼらしい祠があって、
近所の年寄が拝んでいると。地蔵のような、なんだか汚い石を拝んでいるのだそうですが、面白いから
こっそり漬物石と換えてやろうだとか、そんな悪戯を言い出す者もありました」
思い出すと懐かしいのか、木戸の眼に珍しく快活な光が宿った。
「――まあ、さすがに漬物石と交換はしませんでした。
あんなものでも土地の者は有難がってるんですから、あまり無体をしてはね。
しかし、あんな石なら、漬物石のほうがまだ役にたちそうなものですが」
「御覧になったんですか」
「ええ、よく行きましたよ」
木戸はすっかり上機嫌になっている。
「お供え物をあてにして、鳥が来るのです。それがちょっと見たこともないような鳥で、
ずいぶん美しい羽をしていました。供物泥棒のくせに、それを啄む仕草がやけに優雅で、
変なものでした。なんだか面白いので、私も食べ物を持ってよく出かけたのです。朝早くに行って、
茂みの陰に隠れていると思いの外近くに鳥が来る。はは、江戸での遊び方をよく知らない頃は、
そんなことが愉しみでした」
「それではあなたは拝んだわけではないのですか」
「拝みましたよ。形ばかり手を合わせただけですけど。あんなもの信心していたわけじゃないですが、
それでもこれはなんとかいうありがたい神様で、とか一度土地の老婆に講釈されましてね。
そう聞いてしまったらあまりぞんざいにもできないじゃありませんか。
しかし神様だとかいいながら、婆さんは南無阿弥陀仏なんて唱えていたんですから、
やっぱり胡散臭いには違いない」
 

窓枠の前に斜めに立った木戸の顔を、秋の陽が照らす。表情は生き生きとしてみえるが、顔の色は
白かった。
大丈夫ですか、とは大久保は訊かない。訊けば木戸は嗤うだろう。誰のせいで、と恨み言をいうだろう。
訊かれた以上は、木戸はきっとそう答えずにはいられないのだ。
木戸の体のことなどさして思いやってもいない大久保から、かわいた義理の手をさしのべられる屈辱に、
木戸は耐えることができないのだろう。大久保は木戸のプライドは守らなければと考えていた。
そうでなければ、木戸はすぐにも政府から、大久保の手の中から逃げ去ってしまう。
「それで――」
と大久保はまんざら追従のためでもない微笑を浮かべて、木戸に問いかける。
「そのありがたい神様は、なんの御利益があったのです」
「さあ、そこですよ」
木戸はさも可笑しそうに笑った。しかしそれが少しの屈託もない表情には見えなかったのは、
大久保の政治家としての職業病か、あるいは木戸の側に何かの含みがあるせいだったかもしれない。
「老婆のいうには、縁結びの神様だそうなんです」
「ほう」
大久保は意味のない相槌をうった。
「しかし、熱心に拝むのは年寄ばかりだったのでしょう」
「ええ、でもその婆さんには年頃の娘がいると言っていました。ただ、ほかの連中はどうやらそうでもない」
「というと?」
「婆さんの話では、てんでに家内安全だとか、なんだかよくわからない願かけに来ているんだそうです。
何もわかっちゃいないんだって怒っていましたが、そういう婆さんの話だってあてになるものじゃない。
どうして縁結びの神様なんだと訊いたら、いいからともかく縁結びなんだってひとりで憤慨していました」
「誰も彼も勝手に自分の願い事の神様にしていたわけですか」
「そのようですね」
「結局本当のところはわからないんですか」
「何が?」
「本当は何の神様か、あるいは仏様かだったかということですよ」
「さあ、だから結局はめいめいの勝手な神様だったというところじゃないですか」
「それでは答にならないでしょう」
大久保はめずらしくひっかかりを覚えた。別につまらない迷信の祠など、どうでもいいのだが。
おや、という顔で木戸が微笑う。挑むような眼だ。
「突っかかりますね」
「伺っているのです」
なるほど、と、何がなるほどなのかまるでわからないが、木戸は軽く溜息をついた。
ちょっと考えるような風情で窓枠に手をかけ、ふたたび外の景色に目をやっている。
「……何の神様というのでもないし、逆にいえば何の神様でもあるんでしょう。
あなたのおっしゃるように、本当は何か、ということを求めるのなら、
土地の人間たちの信心が本体といいますか、本質なんでしょう。
祠自体に意味などありはしません。求められるからそこにあるのです」
 

「それは詭弁です」
 

「どうして?」
木戸が挑発的に目を細める。言ってしまった以上は、大久保もあとを続けねばならない。
 

どうして彼を刺戟するようなことを言ったのだろう。
 

人は大久保を肚の据わった冷血漢だという。しかし意外なところでたやすく動揺することを、
彼自身は知っていた。
こんな他愛のない話に興じているときの、それに似つかわしくない木戸の声のしずかさ。
そんな何でもないことが、大久保の神経をちりちりと毛羽立たせる。
「祠には、祠の主体がなくてはなりません。あるいは祠を建てた人間の、でもいい。
それを置き去りに、細民の好き勝手に縁談をくれろの、金回りをよくしてくれろのと言わせておいては、
いずれは彼らの慾に振り回され、祠は倒れることになるでしょう」
「だからといって彼らの願い事を締めつけるわけにはいかないでしょう。
彼らには彼らの生活がある。彼等が祠を拝むのは、祠が尊いからではない。
彼らに功徳を施してくれると思っているからです。自惚れてはいけません」
「何がおっしゃりたいのです」
「何がって、祠の話ですよ。あなたがお聞きになったんじゃありませんか」
木戸はすましきっている。大久保は苦い顔をした。
 

木戸には不退転の覚悟が足りないと、かつて岩倉が言ったことがある。
木戸は着眼も鋭ければ、思索的な重厚さもある。機を見る賢さももっている。
しかし自分が発案し、練り上げた政策に関して、無量の艱難に耐えてやりぬく粘りに欠けるのだと。
「あんさんみたいにしつこいのもかなんけど、あない腰が据わらんのは困りもんやなァ」
日頃剛胆な岩倉が、これだけは愚痴をこぼしている。
しかし、その実木戸は決して柔弱ではない。むしろ誰よりも頑固である。
大久保は木戸と言い争うことを好まないが、それは木戸の、時に女々しいと陰口される繰り言を
無意味に感じているからではない。木戸の政談はやや書生論に近いところがある。
しかしそれだけに正論でもある。正論だから譲らない。その木戸に真っ向から対峙することの虚しさを、
大久保はよくわかっているのである。
 

木戸は、強い。
 

だから彼の政見はいつも容れられないのに、それでも彼は政治家であることをやめないのである。
どうかすると彼は政府を辞そうとするが、辞してなお彼は国を見棄てない。
長州派の領袖として敬重されているだけ、大久保独裁の印象を与えないために飼いおかれているのだと
陰口を叩かれ、本人もそれを知っていながら、ひとたび国のためと思えば彼は甘んじてその恥辱の前に
膝を折る。大久保は、形の上ではいつも木戸に勝っている。木戸もまた、大久保にしてやられていると
思っているだろう。けれども、実際のところ大久保は、いつでも木戸の強さを懼れていた。
 

だからこそ、手放せない。手放してはいけない。
 

木戸は大久保に背を向けて、窓の外を見ている。執務室の外は殺風景である。木々が色づくには
まだ日がありそうだ。木戸は何を見ているのか。その表情は、大久保からは見えない。
「鳥は」
と、大久保はふと話頭を転じた。
「鳥はどうなったのです」
えっ、と木戸は首だけをこちらに向ける。
「どうといって……べつにどうもしはしませんよ。私もそのうち祠などに通うのはやめてしまって、
それっきりです」
「でもあなたは鳥を見にいらしてたのでしょう」
「ええ」
「気に入っておられたのではないのですか」
そう尋ねると、木戸はまたしずかな、しかし大久保の背が僅かに冷たくなるような妙な微笑を浮かべた。
「気に入っていましたよ。しかしだからといって、野に飛んでいるものをどうできるわけでもないでしょう」
「飼い慣らすつもりはなかったと」
「鳥が望めばあるいはそういうこともありえたでしょう。でも、私は飛べない鳥を喜ぶ趣味などないのです。
あなたはどうか存じませんが」
「私だって籠の鳥を面白いとは思いません。鳥が鳥であることを忘れるなら、手に入れる意味などない」
思わず強い口調で言った。それを受けて、木戸が、嫣然と微笑む。
「鳥の話ですよ」
「ええ、鳥の話です」
ふ、と木戸は笑ったのか、溜息なのかわからない声を洩らす。
「いいでしょう。たしかにあなたは籠の鳥などきっとお嫌いだ。あなたは鳥を籠に閉じ込めるのではなく、
風切羽を剪ってしまうんだ。鳥は相変らず野の中に置かれて、
自分が鳥であるのを忘れることさえ赦されない。
でも、飛べないのです。そういう苦痛を強いながら、やさしく餌などあたえておやりになるのが、
あなたはきっとお好きでしょう」
「一本や二本の羽が傷ついたくらいで飛べなくなる鳥など、私ははじめから捕らえはしません。
その鳥は飛べるのです。私はたしかに鳥を手負いにしたかもしれませんが、鳥はまだ充分に飛べます。
鳥はひょっとすると自分は飛べないのではないかという恐怖を、
怪我の後遺症にすりかえてうずくまっているだけです」
何を言っているのか。
なぜこんなことを言うはめになったのか。
ああ、と大久保はいつもの木戸のように、大仰に嘆息してしまいたい気分だった。
人は木戸が憂鬱症だというが、自分だって木戸と対峙しているときは、こんなにも憂鬱なのだ。
敗けて勝つ、ということの妙味を、もしかすると木戸は心得ているのではないか。
いつでも大久保は押し勝ってしまうから、勝っただけの責任は彼が被ることになる――。
 

ああ、こんなことを考えたりする、と大久保は自分が苦々しかった。
 

当の木戸は唇だけで笑っている。
「それはあなたの買い被りではありませんか。はなからそう飛べる鳥ではなかった」
「いいえ。私はその鳥が目の覚めるような羽ばたきで空を舞っていた頃を知っています」
「だとしても、鳥だって年老いる」
「飛べるはずです。それに私は餌を与えているつもりなどありません。飛ぶのをやめても、鳥は
美しい声で鳴きます。私はその代価を差し出しているにすぎません。無論、できたら飛んでほしいという
願いもこめて、ですが」
「鳥だって馬鹿ではありませんからね。そんな甘言には騙されませんよ」
「ええ、とても賢い鳥です。ですから私の真意が通じると信じています」
ほんとうはとうにおわかりでしょう、という言葉は飲み込んだ。木戸が空とぼけて返事をする。
「徒労に終わらないことを祈っておりますよ」
「ありがとう、そうしてください」
 

そして、また二人のあいだに沈黙が落ちる。
 

息苦しく、穏やかな時間。
こうしてこれからも、と大久保は思った。
 

――これからも、手を携えて、こんな時をこえてゆくのだろうか。
 

狎れ合い、甘く喰い千切りあって。倦怠の仮面の下の、かすかな慄え。
先に堪えられなくなるのは、自分か、木戸か。
 

――だが、斃れるまでは。
 

斃れるまでは、離れるわけにはいかない。。
大久保は出会った頃よりも細くなった木戸の背中へ向けて、そっと笑みを送った。
やさしく狩り獲るように。

 

狩り獲られるように。

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【2011/09/25 12:58 】 | よみもの
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