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【2026/04/05 02:22 】 |
久米×木戸
以前「いやー久米さんとうっかりなんてどうよ?とか思ったりしたけど
さすがにないわーそれはないわー」なことをぬかしておきながら
「成せば成る、萌えれば食えるなにものも」
「啼かせてみしょう(性的な意味で)ほととぎす」
にあっさり宗旨変えしました。節操なにそれおいしいの?

というわけで本当にすみません。
なんていうかこう、羞じらう木戸さんていうのを一度やってみたかったのです。
聞多や大久保さん相手だと「っしゃ来ーいwwwww」な感じにしかできなくてですね、
それでついムシャクシャムラムラしてやりましたごめんなさい。
ちなみに久米さんとは一度きりでもそのあとずるずるでも萌えるとおもいます。

以下よみものですが、例によって例のごとく大人向け且つ長ったらしいです。


『天涯の夢』
(どうも、大国だ)
洋燈(ランプ)の下に米国の地図を拡げて眺めていた久米は、握っていた朱筆を投げ出すと、椅子の背もたれに大きく伸びて、天井を見上げた。化粧板にこまかな花模様の入った華麗なつくりのその天井さえ、久米の鬱情を濃くした。
(あんな装飾は、本朝の職人でも手法さえ飲み込めば立派にやれる。やれるがしかし)
渡航以来、各地に泊まり歩いているホテル、そのホテルの主人や上級の雇人たちの、あの貴紳然としたようすはどうであろう。かれらは社交界でそれなりに重んぜられ、書も読めば、国家の経営についてもそれぞれひととおりの意見を蔵している。日本の旅籠の亭主とは大層な違いである。よくものも読めぬ給仕の男女でさえ、今の市長はどうのこうのと、まあその内容はおおかた小児的でありながら、一応は政談らしきものをさえずる。
(あれが開化の智というものか)
多分にさかしらなそういう人民の姿を、久米はかならずしも好ましくはおもわない。けれども、日本はもう、大海の中へ投げ出されてしまった。草生をして溺れしめず、天子に光あらしめるためには、泰西の「文明」に――それがたとえ善美なものでなくとも――ともに浴さねばならない。
しかし、いますぐ日本の士庶を「文明」の汐に浸けてしまえるものか。士人はまだいい。自分同様に、開化なるものが結局は砲艦外交で勝てぬまでも滅亡しないための盾であることをわかっている。無論それを受け容れるか否かは別の問題だが、ともかくもかれらは「文明」を信頼することはあっても、信仰はしない。
だが。
(衆庶の人智のたよりなさよ)
久米はそれを思うたびに、重い溜息が胃の腑の底から湧いて出る。三百年、あるいはもっと以前から、ただ純朴に田を耕し、あるいは木を削り、鉄(かね)を彫って暮らしてきたかれらの頭は、未だに太古の駘蕩のなかにある。天子が京から東京へお遷りあそばしたとき、その行在所の土をかれらはあらそって持ち帰った。きけば、万病に効くのだという。洋館に寝起きすると青膨れになって死ぬのだとかれらは言い、狂人が出れば狐が憑いたとさわぎ、大雨も旱魃も祟りだという。こうした衆庶をひきいて、女給までが議会の議題を(そっくりではないまでも)理解し、市政の批判をするような国々と伍してゆかねばならない。それも、できうるかぎり今すぐに。
(それこそ神か魔の仕業ではないか)
そんな神業が成るものか、と、久米は真面目な男だけに冷笑はしないが、かわりにひたすら気が重くなっている。都邑の浮華を真似ることはやさしい。日本の大工にちょっと教え込めば、久米が今いるホテルのような大廈高楼を立派に組み上げるだろう。天井だってもっと美しい装飾ができるかもしれない。
しかし、それらは所詮、それまでのことだ。
(泰西の富強の基は、真に突き詰めれば技術のことではないのだ)
それを、帰朝ののち、どれだけの人士に理解してもらえるものだろうか。日本を発って半歳、早くも久米は、前途の遼遠さに憂鬱な思いがしている。
第一、米国はこれでもまだ泰西の国々のなかではほんのこどもだというのだ。
その歴史のわかいこと、国威と産業のたとえば英国などに遠くおよばないことは、久米もよく知っている。そう思ってみるとなるほどこの国の名士といわれるひとびとは、その名声のわりにはずいぶんとざっかけなく、作法にも重々しいところがなかった。いかにも新興地の特色というものであろう。けれど一方で、日本よりよほどわかいこの国の基礎は、ずいぶん堅牢なものに思われた。
(なにぶん、国土が広い)
地図の上に、これまで自分たちの通ってきた箇所を印してみて、あらためて久米はそう慨嘆せざるをえなかった。単に面積として広いというだけではない。首都ワシントンの威厳、ソルトレークシティの奇観、ニューヨークの繁華、ボストンの風光。久米の見た米国は、幾とおりもの貌をもち、それぞれに奥行きがあり、わかいながらにおのずから一種の風韻をたたえていた。米国の文明は、いってみれば存分に大地を耕し、その肥沃な土地の上に太く根をめぐらして築いたものという気がされるのである。それゆえに木々は多様であり、いろいろの花がゆたかに咲く。
(日本に、それが可能か)
と、不安はそのことである。これまでの日本は十分に国体として尊貴であり、美しい。しかし今それをかなぐり捨てて、泰西の風にならわねばならぬとすれば、その急進は、果たして日本を堅かつ美たらしめるであろうか――。そこまで考えてくると、久米はこの半年いつも、暗澹と胸の鎖される感じをおぼえざるをえない。
「苦しい、な……――」
思わずつぶやいて、その声のいかにも陰鬱であることにいよいよ気を腐らせる。久米は頭を振り、拡げていた地図を裏返すと、懐中から時計を出して見た。もうよほど晩いが、しかしここまで思考が熱しきってしまった以上、今夜は容易に寝つかれそうもない。
(起きておいでだろうか)
ふと、おなじ憂いに沈みがちな人のことを思った。旅の空とはいえ、人を訪ねる時刻ではないが、不眠ぎみの彼は深夜の客をかえってよろこぶことを、久米は知っている。
(ちょっと、お話でも)
あとからおもえば、このときのあつかましさがすでに常の彼ではなかった。前途への深憂が、その非礼を非礼と自覚できぬほどに、その夜の彼を疲弊させていたのかもしれない。久米はふらふらと立ちあがり、部屋を出た。
 
『無規律の開化狂いは人民の生活を害し、ついには国家を蠧毒するものではないか』
その沈痛な、しかし低く丸みのある声が鼓膜によみがえる。あのときは不得要領に相槌をうったなりに終わってしまったその話の続きを、今なら語る材料がだいぶん蓄積できている。
(今夜も涼しいことだ)
米国の夏は、日本のようには蒸さない。そっけないほどからりと乾いた空気のなかで、しかしその人と蒸れるような熱誠をこめて語らう夜を、久米は妙に気の昂ぶる思いで眺めわたした。
廊下の窓は、開け放たれている。
久米の郷里ならば、あるいは東京の家でも虫のすだく音が聞こえようというこの季節のこの時分、しかしこの国の繁華の巷には、そういう音色は無縁のようだった。床を歩む時分の靴音だけが、硬く響く。
木戸の部屋の前まで来て、さすがに久米は躊躇した。しかし、あたりの暗さと静けさが、妙に彼を大胆にした。
(米憲法の翻訳のことで来たとでも言おう)
かねて木戸に依頼されていたその件をとっさに口実にすることを思いついて、久米は暗がりの中で扉を叩いた。
扉の向こうで、木戸がなにか言った。よく聞きとれなかったその声に、
(お寝みだっただろうか)
と、久米は把手にかけた手をとめた。しかしそうだとしても、ともかく一言詫びを入れてから帰らねばなるまい。
「失礼します」
小声でことわって、久米は扉を押した。鍵は、かかっていなかった。
(やはり)
木戸は奥の寝台の上で、布団をかぶって丸くなっていた。枕元の洋燈が明るいのは、点けたまま寝たのだろうか。顔は見えなかったが、衣ずれの音をさせながら、木戸は布団の中でもぞもぞと体を動かし、なにごとか小さくつぶやいている。起こしてしまったか、と久米は思った。それにしてもなんとなく様子が変なのは、まだ寝惚けているのだろうか。
「あの……」
とりあえず、深夜訪ねてきたことを詫びようと久米は寝台へ近づいた。あとからおもえば、その行動も我ながら不審であった。その場で手みじかに述べて、あとはさっさと去るのがあの場合、とるべき礼であっただろう。
だがそのとき久米は、寝台から三尺ほどの近さまで、部屋の主のゆるしも得ずに近寄ってしまった。
もう一度声をかけようとしたとき、
「大久保、さん……?」
こちらに背を向け、枕に半ば顔をうずめたままの格好で、木戸が小さく声を洩らした。
「…………」
久米はかわいた唇をひらき、しかしむなしく空気を噛んだあと、無言でまたそれを閉じた。夜分に恐れ入りますだとか、私は久米ですだとか、大久保さんに御用ですか、だとか、いろいろな言葉がめまぐるしく脳裡にうかんでは、喉元まできてどれも意気地なく消えてしまった。かわいた口の中の、わずかにのこされた生唾を、久米は無意識に嚥み下した。
(おかしい)
それは、木戸の声音のせいだったろうか。大久保さん、とただひとこと呼びかけたその声は、ふだんの木戸よりもいくぶんか高く、しかし力なくかすれて、子供のように舌足らずだった。
どうしたのだろう。久米はさらに一歩近寄り、上体をかがめて木戸を見た。そのときはしんから、彼を案じたつもりでいた。日本を発って以来、気候が適わないのか、木戸は調子を崩すことがあった。今、寝惚けているにしてはいささか妙なこのようすも、あるいはどこか具合が悪いのかもしれない。
しかしそれも、あとから考えてみればおかしな話だった。寝惚けているのか否かはっきりわからなければ、まずは声をかけるなり、肩をたたくなりしてみるのが道理であろう。あのときの自分は、ことさらに息を殺して、吸い寄せられるように木戸の顔を覗き見た。ゆるく眉根をよせ、上気した額にうっすら汗をうかべている木戸の顔を――。
「大久保さん、」
眼をとじて、ほろほろとみだれがちな息をこぼしながら、木戸はもう一度言った。さすがに久米がちょっと身を引こうとすると、
ばさ、
と大きな音を立てて、木戸が布団をはねのけた。
「これ、やっぱり抜いてくださ……、」
翻された布団の起こした風がやんだあとに、久米は凝然と立ち尽くした。
 
寝台の上の木戸は、何も身につけていなかった。その白く広い背をこちらに晒した彼は、膝裏から手をまわして、片脚を抱え上げていた。久米は一瞬、その奇妙な格好に折り曲げられた脚に目を奪われたが、次の瞬間には、
(――――あ)
木戸が見せたがっているものに気がついた。
日頃は衣服で――否、服を脱いだとしても普通は見えないはずの場所が、拡げられた脚の間で露わになっていた。その、牡丹色に熟れた肉の裂け目に、幅は二寸ちかくもあるだろう、青銅の置物のような何かが押し込まれている。長さはどのくらいあるものかわからないが、ほんの端だけ見えて、あとは中に入ってしまっているそれを木戸はことさら見せつけるように腰を突き出して、
「取って、ください……」
ふるえながら懇願した。
「これ、」
そのとき久米が言ったことばは、あとから思い出しても消え入りたい気持がするほど、実に間が抜けていた。
「何、ですか……?」
ひょっとするとそれは、自分への言い訳のためだったのかもしれない。それが何であるかたしかめるために、自分は手をのばしたのだと……――
問いかけつつ、肌に手をふれた瞬間、木戸ははっと身を起こした。目が合う。木戸の眼がいっぱいに見ひらかれ、それから、絶望したような表情にかわった。
「あ、あの……」
「すまない」
久米が何か言おうとする前に、木戸は泣き出しそうな顔をしてうつむいた。ふるえる手でのろのろと布団を引き上げ、胸の下あたりまで隠すと、
「用なら、またあとで……」
屈辱と羞恥と悔恨と、もろもろの感情が、彼の眉を曇らせていた。久米は茫然と突っ立っている。さっき一瞬だけ木戸に触れた指を、掌のなかに握った。しっとりとなめらかだった、その肌。今も布団の下でうっすらと汗ばんでいるのだろうその肌を、
(大久保さん、と言ったな……)
大久保さん、抜いてください、と。木戸はたしかにそう言った。それは、つまり。
「木戸さん」
できるだけおだやかに呼びかけたつもりなのに、木戸は叱られでもしたかのように、びくりと肩をふるわせた。その頬はうす紅く染まって、かすかにひらいた唇から、荒い息が洩れている。体の中へ埋め込まれたもののせいなのだろうか。
「誰にも申しません」
ことさらそう誓ってみせたのは、卑怯というものだった。木戸は眉を下げ、怯えたように久米の姿を凝視している。
「大久保さんは、もうお寝みではありませんか」
それ、と、久米は布団の下に隠れている木戸のそのあたりを、視線で指した。
「私が、取ってさしあげます」
木戸が狼狽する。
「それは……」
「お辛いのでしょう?」
木戸は驚いたような、ひどく傷ついたような顔をした。久米はそのことにも、大久保が何をしたのかということも、それから、木戸の汗や火照りが訴えているあからさまな情火のことにも、まるで気づかぬふりをした。ただひたすらに親切をよそおって、もう一度、さっきとおなじことを言った。
「誰にも、申しませんから」
 
かわいた夜のうちに、木戸の洩らす吐息だけが湿っていた。
あてずっぽうに言ってみただけだったが、実際、木戸もかなり辛かったのだろう。取ってやる、と久米が言ってから数秒の間、彼は悲しそうに沈黙していたが、やがて従順に身をあずけてきた。
「ん……」
久米は寝台の脇に膝立ちになり、膝を抱えるようにして横向きに寝た木戸のそこをさぐっている。四つん這いにしたほうが取り出しやすかろうとは思ったが、そこまでさせるのはさすがに気の毒で、言い出せなかった。片手で片方の尻を持ち上げるようにし、もう一方の手で問題の箇所に触れてみる。時折、息を呑む気配がする。
(だいぶ深く入っているな)
突き出ている先端を摘んで引き抜こうとするが、真っ直ぐな棒状ではないらしいそれは、中で引っかかってうまく抜けない。銜えこんでいる部分の縁を指で押して吐き出させようともしてみたが、あまりはかばかしい結果は得られなかった。
(指を入れるしかないな)
不思議とそのことに嫌悪感はなかった。紅くほころんだ木戸のそこはむしろ美しく、そして美しいというよりもいっそ、
(――――淫ら、)
だった。
誘い込まれるように指をあて、木戸の苦痛を思って一瞬、ためらう。
「すこし、苦しいかもしれませんよ」
「ん、」
頷いたのか、それとも呻いたのか。
眩暈がする。
「木戸さん、」
普段の久米は多弁なほうではない。だが何か喋っていないと眩暈にもっていかれそうで、肌を朱に染めてふるえている木戸に、低い声で語りかけた。
「これ――」
言いながら、人差し指と親指を中へ挿れる。入口がいっぱいに拡げられて、木戸が小さな悲鳴に喉の奥を鳴らしたのがわかった。
「何を、挿れられました?」
木戸は喘鳴のような呼吸を繰り返すばかりで答えない。久米はかまわず、中でそれをつまむ。
(熱い――)
濡れて熱を帯びた木戸の肉の中に、異形のものが埋め込まれている。
ごつごつして、あちこちに奇妙な突起がある。体の外に出ている部分の概観と、指の中の感触とを較べてみるに、何かの動物をかたどった置物だろうか。
「どうして、大久保さんがこんなことを……?」
木戸はなおも無言だった。
(取れそう、かな……)
ゆっくり引っ張ってみると、ずる、とこちらへ滑り出てくるのがわかった。その感触が、木戸にはきついほどの刺激としてつたわるらしい。
「ひ……っ、」
痙攣(ひきつ)れるようにして体が跳ねた。久米はべつに意地悪をしたつもりはなかったのだが、そこをあずけてしまっている木戸としては、久米の機嫌をそこねまいとでも思ったのだろう、
「文鎮……」
涙に潤んだ声で、さっきの久米の問いに答えた。
「文鎮、なんだ。大久保さんがくれて……」
久米が手をとめて凝然と固まっていると、木戸は肩越ごしにようよう振りむいて、哀訴するような目をむけた。
「大久保さんとは、いつも……?」
唇が勝手に不作法な言葉を紡ぐ。木戸はうながされるままに、
「いつもというわけでは……」
濡れた睫毛をふせながら答えた。
「今日は、大久保さんは、風邪で」
「風邪」
意味のない相槌をうつ。
「それでも、私がたってと言ったら、途中まで、……して、くれたんだが……」
聞き取れないほどの声で、木戸はその顛末を説明した。
大久保は木戸の体を慰めようとしたが、結局、どうしても体調が芳しからず、途中で自室へ帰ってしまったという。
「そ、のとき、これを、」
大久保は、帰る前に抜いてくれようとしたのだという。だが、木戸がそれを断った。
「欲し、くて、」
溜息まじりにそう洩らした木戸の顔は、今まで久米の見てきた誰のどの表情よりも悩ましげで淫靡で、そして寂しそうだった。
「でも、ひとりだと、うまく……」
できなかった、と木戸はいう。その意味は久米には正確にはわからなかったが、とにかく木戸が辛い状態であることだけは、彼の表情からよく理解できた。あきらめて抜こうとしたが今度は抜けなくて、それで、とこうして自分を相手に語って聞かせている、そのいいようもない恥辱も。
(驚いた)
と、久米はいまさら、赤くなったり青くなったりしている。
(一体いつから……)
木戸の口ぶりでは、大久保とはもう何度もあったようである。が、久米の知っているところでは、両人の関係はかならずしも良好ではないのではなかったか。否、今度の条約改正交渉が頓挫してからは、いっそ険悪だと、随行員たちは誰もがひそかに噂していたはずである。
(第一、この人も大久保さんも)
男どうしでそれが可能な人だったのだろうか。そこまで考えてみて、
(何を馬鹿な)
と久米は自嘲する。
(人のことが言えた義理か。それなら今私は……)
何をしているというのか。
久米は再び木戸の中に埋めた指先に気を込め、深く刺さったそれをゆるゆると引いた。さして力の要るわけではないその作業に、しかし、久米の頭は上気し、息があがっている。
「あ」
木戸が小さく声を洩らした。
ぐぷり、と濡れた音を立てて、それが完全に木戸の中から抜け出たのである。
(ああ、麒麟――)
久米は自分の手のなかへおさまったそれを、茫然と見つめた。
(麒麟の、文鎮だったか)
木戸のそこから生まれ出た青銅製の文鎮は、ぬらぬらと妖しい光を帯びて、しかし凛乎とした存在感をはなっていた。
(やさしい獣だというが――)
名もない草の芽のひとつさえ踏むことを厭うという、極度に多量な憐情を湛えた、美しい天上の聖獣。
(なにかの、謎だろうか)
木戸は大久保からこれを譲りうけたという。なにか意味があるのだろうかと考えかけたところへ、
「す、まない……」
木戸に苦しげな声をかけられて、裸の彼を転がしたまま、半ば恍惚のなかに漂っていた自分の迂闊さにはっとする。
「木戸さん、」
「君に、こんなことをさせて……」
半分ほど起こした上体をひねってこちらを見た木戸は、悲しそうに、しかしその悲しさに似つかわしからぬ淫らな汗に濡れた、火照った顔をしていた。
「手を……」
彼は、枕を覆っていた掛布を剥ぐと、怯えたような目で、そっと久米に捧げ渡した。久米は何か言おうとしたが、喉がひりついて声にならなかった。やむなく黙ってそれをうけとり、文鎮を丁寧にぬぐうと、そっと木戸の枕元へ置いた。木戸はいよいよ切なそうに眉をゆがめ、それより手を、と言った。
「汚して、しまった……」
すまない、と久米があとあとまで思い出してはそのたび胸が劇しくつかえる気がしたほどの、何ともいえない、くるしそうな表情を見せた。
「あとでまたあらためて、お詫びはするから……。本当に、」
すまなかった、とそればかりを木戸は繰りかえす。今夜のことはこれで終わったのだという、それは一種の合図のようなものだったろう。久米としてはそこで鄭重に木戸の謝罪を辞して、きれいに帰るべきだったろう。
が、
(ここで退けるものか)
ひとも認めるおだやかで細心な彼が、よりによってこの場面で放胆に、また強情に変身したのは、ひとり木戸のこころが辛そうだという理由ばかりではなかった。
(私が帰って、それでどうするとおっしゃるのか)
それがどこまで親切心を動機としていたものか、久米はもはや弁解しようともおもわない。平生柔和な彼が一度だけ見せた、それはふてぶてしいひらきなおりであったかもしれなかった。しかし、彼は仕草だけはいかにも臆病であった。
「木戸さん」
久米は寝台の端に手をつき、そろそろと首を伸ばした。
「そのままでは、お寝みになれないと思いますが」
文鎮を抜いてしまう前から、木戸の前が勃ちあがっていることには気がついていた。大久保に抱かれかけた余韻が醒めやらぬのだろうと思っていたが、中を圧迫して刺激をあたえていたはずのそれがなくなった今、それは萎えるどころか、ますます張りつめて天を仰いでいる。
つらかろう、と思う。
体の中を犯されてどんな感触を得るものか、それは久米には想像のつかないことだが、ただ勃ちあがったものを放置しておく苦しさはよく理解できる。このまま自然におさまるのを待つという段階では、もはやないだろう。
といって、久米がそれを気にかけるのはおかしい。
木戸だって辛ければ自分で何とかするだろう。その方法を知らない少年ではあるまいし、他人が気の毒がる必要はない。けれども、久米は木戸の屹立した男よりも、さっき手を触れた――指を挿れまでした部分が、赤く腫れたまま、かすかにひらいたりとじたりしているさまに目がいった。
(ここが、つらいのではないか)
そこを慰めてやらぬことには、木戸は今の苦痛から救われないのではないか。
それにしたところで余計な穿鑿なのだが、久米はすでに、木戸の肌が放つ湿った情痴の匂いに、とらわれてしまったあとだった。
「私が、お楽にしてさしあげます」
我ながらおためごかしの、つまらない言葉だった。
 
「後ろを、向いたほうがいいだろうか」
寝台に膝立ちになって服を脱いでいる久米を上目遣いに見上げた木戸は、その視線が久米とかちあうとあわてて目をそらし、重たげに身を起こした。
「本当に、申し訳ない。君にこんな……」
憂い深げに曇らせた額の上に、乱れた髪がはらはらと落ちかかる。それを払おうともせず、彼は体を返して、四つん這いの姿勢をとった。
「体には、触れなくていいから……。私も君に触れないし、声も、なるべく……。だから君は目を閉じて、」
そこで肩越しにこちらを振り向いた木戸の、羞恥と媚態をこぼれるほどに湛えた目の色に、久米は思わずぞくりと身をふるわせた。
「お、女だと、思って…………」
さすがにその言葉のもたらす恥辱に自分で耐えかねたのか、木戸はやりきれなさそうに目をふせた。
「木戸さん」
久米は両手をのばしてそっと、木戸の背中にふれた。すでに汗ばんでいる木戸の肌は、しっとりとなめらかな手ざわりだった。
そのまま片手を腹のほうへまわし、ゆっくりと仰向けに返させようとする。木戸の体がこわばり、無言の抵抗をしめす。木戸さん、ともう一度呼びかけた。
「私は、あなたが欲しいのです」
さらに腕に力をこめると、根負けしたように木戸の体が転がった。
「あなたを、抱かせてください」
正面から覆いかぶさり、きつく抱きしめた。彼のうなじは、甘い香りがした。すでに痛いほどに存在を主張している自分のそこをぐっと押しつけると、切なげに溜息を洩らす。
「どうすれば、いいですか……?」
鼻先がぶつかるほどの近さで尋ねると、
「き……みの、好きなように……」
赧らめた顔をこころもちそむけながら答えた。
 
猫が水を舐めるような音を立てて、自分の雄が木戸の肉の中を分け入っていく。指で感じたときよりもそこは熱く、狭かった。
「っ……、」
声を呑もうとして歯を立てている手を、木戸の口許からそっとひきはがす。
「聞かせてください」
「、久米く……」
体全体で撫でさするように、肌を密着させ、ふるえる背を抱いた。
「っ、あ、」
抑えぎみに、木戸が声を洩らす。その音色の甘さに頭の芯が痺れる。
(なんという体だろう)
木戸の中は溢れそうなほどに濡れそぼっていた。指をいれたときは、大久保が異物を挿れるために何か塗ったのかと思っていた。だが今、久米を受け容れた木戸は、その吐息のひと息ごとに潤んでいく。そうして、熱くやわらかな肉が久米にからみつき、きつく締めつける。
すべておさめきって、久米は大きく溜息をついた。
「あなたは……」
「い、わないでくれ……」
ことさら身を慎んでいるつもりはないが、謹直で通っている久米が知っている女の数は多くはない。それでもこの先仮に金仏先生を返上してどれほど漁色に励もうとも、これほど甘美な肉体にめぐりあおうとは思われなかった。その、感想にもならぬ感想を口にしようとしたのだが、木戸は敏感に察したらしく、あとの言葉を遮った。
(ああ、美しい人だ)
快感と羞恥に必死で耐えているその顔に、さらに体が熱くなる。抱きしめる腕に力をこめると、おそるおそるといったふうに手がのびてきて、久米の背を抱きかえそうとして、ためらい、やがて下ろされる。その手をとらえて、自分の背にまわさせた。
「あの……」
小さな声で木戸が言う。
「気持ち悪くなければ……動いて、くれないか……」
「はい」
久米は頷いた。
「ですが、もう少し、その……」
苦笑してみせると、木戸はいよいよ羞恥をあらわにして、唇を噛んだ。
「すまない、」
と、また詫びる。
「いつも、言われるんだ。きつすぎて動かしにくいって……痛いから、ゆるめろって……。だけど、体が勝手に……き、君がつらければ」
やめてもいい、と言う。
「ご冗談でしょう」
久米はそれは笑って受け流し、しかし、
「大久保さんが、そんなことを……?」
とっさに気になったことを訊いた。
「え?」
と木戸が訊きかえす。
一瞬意外そうな顔をした彼は、その表情をひっこめると、
「ああ、大久保さん……?」
久米の言葉を反芻して、
「いや、大久保さんは……無口な、人だから……」
視線をそらし、遠くの山河を眺めるような目をして言った。
(それは……)
つとめて表情にはあらわさなかったが、久米はひどく驚いた。
(大久保さん以外にもいるのか)
それも、きつすぎるからゆるめろと、無遠慮に木戸の体の淫蕩さを咎める男が。そして、その男を、
(この人は、おそらく……)
愕きとかすかな苦みがいりまじった思いで、久米は木戸の上気した、しかしどこか物憂げな表情を見つめた。
大久保のことを一瞬忘れ去るほどに、木戸が濃まやかに情を交わし、しかも今こうして久米に抱かれながら、懐かしげに、切なげに思い出している男。
(誰かは聞くまい)
訊いたところで木戸はいわないだろう。
「久米、君……?」
不自然に生まれた沈黙に、木戸が不安そうに顔を上げる。その表情にすら煽られる。
「いきますよ」
精一杯紳士的に微笑んで、久米は律動を開始した。
 
「はっ……あ、」
押し殺した木戸の声が、久米の耳朶を心地よくくすぐる。
(女と同じ要領でいいのだろうか)
器官がちがっている以上、感覚の受けとりかたも違うと思うのだが、どうすればいいのか、久米にはその道はまるで不案内である。やむなく女を抱くように抱いてみるが、それすら決して巧者ではない自覚がある。
が、ぎこちない久米の動きにも、木戸はきわめて敏感に反応した。
「っん……」
紅く濡れた唇が、甘い溜息を洩らす。薄闇のしたでほころぶそれは、夜気と交情の熱のなかにだけ咲く花のようだった。
(口づけても、いいだろうか)
しかし尋ねてみる勇気はなく、ゆるやかに揺すりあげながら、久米はそっと唇をかさね、すぐに離れた。木戸が、おどろきに目を見ひらいている。
(まずかったか)
『苦しそうだから楽にしてやる』という口実で抱いているくせに、口づけなどは無用のことだろう。嫌われただろうか。言葉にならない弁解の思いをこめて、許しを乞うように久米が微笑む。と、木戸の中がきゅうっと締まった。
たまらずもう一度口づける。深く貪ろうと体を擦りあげるようにしたとき、木戸の中に押し込んだものの角度が変わり、それまでとはちがう、すこし硬いところに当たった。
瞬間、木戸の体が反りかえった。
「んん……っ!」
喉の奥で悲鳴があがる。久米は腰を止め、あわてて唇を離した。
「すみません、痛くしてしまいましたか?」
 顔を覗きこむと、衝撃が去ったらしい木戸は大きく息をついて、
 「いや……」
 一瞬戸惑ったような表情を見せ、それから横を向いて、片腕を額に載せた。目が、隠れた。
 「あの……木戸さん……」
 もしや泣いているのだろうか。泣くほどつらかったろうか、と、久米はひどく狼狽えた。とりあえず、そっと木戸の腕をはずしてみる。抵抗はなかった。腕の下からあらわれた木戸の瞳は果たして涙に潤み、しかし紅潮した目じりには、苦痛以外の色が、久米にもわかるほどはっきりと滲んでいた。
 「痛いんじゃ、ないんだ……」
 ふるえながら木戸がつぶやく。
 「そこが、……いちばん…………」
 あとはさすがにいわず、唇を噛んだ。
 「え、……あ、」
 無様に首を突き出し、かくかくと頷いた動作は我ながら間が抜けていた。
 「そう……ですか」
 なんと気の利かない返事があったものか。が、激しい動悸に吐き気がしそうなほどで、喉もからからに渇ききった久米には、それだけ言うのが精一杯だった。羞恥に耐えている木戸の顔を見るだけで、意識が白く飛びそうになる。
 が、黙っている久米をどう思ったのか、木戸は悲しそうに呻いた。
 「あさましい、だろう……?」
 「木戸さん」
 頬を撫でて、こちらを向かせる。否定するかわりに、もう一度唇をかさねた。木戸がおずおずと応えてきたところで、ふたたび腰を揺らしはじめる。さっきの、あの場所を狙って。
 「や、あぁ……っ」
 背をしならせて、木戸が高く喘ぐ。
 「や、嫌だ、やめ……、」
 その場所を突かれ、体は甘く蕩けているのに、なぜか逃れようとしてもがく。
 「駄目、ですか」
 「そ、こ……、」
 潤んだ眼が、恨めしげに見上げてくる。
 「そこ、ばかり……されると、すぐに……」
 「お厭ですか?」
 「君が、まだ……」
 上気した顔が、切なげにゆがめられている。
 「き、みに、こんなことを、させておいて……私ばかり、先に……」
 「気になさらなくて結構ですのに」
 かまわず続けようとしたが、木戸はいよいよ泣き出しそうな顔をする。久米は充分すぎるほど木戸の体に溺れられたし、木戸が先に達するところを見るのもわるくないと思う。むしろ、彼の感じるさまの淫靡さは脳が痺れるほどで、その嬌態をもっと堪能したいところなのだが、木戸がこうもそれを引け目に感ずるのはいかにも気の毒である。無理に快感を強いても、気がかりがあってはかえって木戸がつらいだろう。久米はいかにも彼らしく、堅苦しく考えた。
 「ここを、はずせばいいんですね」
 ゆっくりと角度を変えてやる。木戸が安心したように息をついた。
 さっきの場所を避けて、ゆっくりと動く。木戸はそれでも濡れた吐息を洩らして、体をふるわせた。
 やわらかな肉に包まれて、久米の脳髄に快感が走る。もっと、もっと木戸が欲しかった。
 (奥で、してもいいだろうか)
 木戸の感じる場所がだめだというのなら、自分がいいようにしてもいいのだろうか。
(多分、痛くはないだろう)
木戸の体は早くも久米に馴染み、中が蠢きながら、音のするほどに濡れている。ままよ、と久米は思い切って、今度は深いところで動きはじめた。
「ひ……っ、」
木戸の目が見ひらかれ、久米の腰をゆるくはさんでいた脚がひきつった。
「あ、」
と久米はわずかにおどろいた。木戸の顔を覗きこみ、動きをすこしゆるめたが、腰を完全に止めることはしなかったのは、木戸の表情がさっき見せたそれとおなじだったからである。
熱い肉が、哀願するようにきゅうきゅうと締めつけてくる。
「や……、」
もう一度奥を突いてみると、木戸の爪が背に食い込むのを感じた。
「奥も、お好きなんですか……?」
そう訊いたのはからかったのではなく、それしかたしかめかたを知らなかったからなのだが、木戸は上気した顔をいっそう赧らめ、恨めしいような、さびしいような顔をした。
「木戸さん……?」
かさねて訊くと、木戸は耐えられなかったのか、顔をそむけ、今にも泣き出しそうにしながら、かすかに頷いた。
その仕草が、久米を驕慢にする。
眼のはしに口づけ、ふたたび腰をつかいだした。
「い、やだ、」
さっきの場所を擦りあげながら、奥を突く。
「やめ……、どうして、」
抵抗しようとする木戸を、上体を押しつけておさえこんだ。
「私も、これがいちばんいいんです」
「や…………」
どうにか快感を逃そうと、木戸が腰を引く。
「それでも、あなたがどうしてもご自分が先に済ませるのがお嫌だとおっしゃるなら、」
こうして、と、久米は木戸の屹立した部分の根本を手で括った。
「あぁ……っ!」
「これで、あなたが先にということはありませんよ」
木戸の眉根に、なやましげな皺が刻まれる。
「苦しいですか?」
「く、るし……っ」
「でも、我慢してくださいね」
唇を滑りでた自分の言葉にひそかに愕く。久米は今まで木戸に、木戸だけでなくほかの誰に対しても、こんな物言いをしたことはなかった。自分の神経のどこをどう通ってこんな倨傲な言葉が出てきたものか、久米は自分であやしんだ。
が、ひどく非礼な久米の言葉に、木戸の中が激しく応えるように締まった。
(いつも、こんなふうに抱かれているのだろうか)
木戸の体を知り、こうして感じることを教え込んだ男たちのことを思う。大久保と、それからおそらくは、留守政府にいる誰か。どの男の好みにも従順に応じるであろう木戸の体の悦びの深さを思って、久米はいっそう身を熱くした。
「ふ……っ、あ、あ……」
すすり泣くような声で、木戸が快感を訴える。中がうねるような動きを繰り返し、久米を追いつめてゆく。歯を喰いしばって堪えながら、やり場のない心のくすみを木戸の中で削ぎとろうとするように、執拗に責めたてた。いけないと思うのに、何もかもこの熱い肉のせいにして、自分の奥に澱んだ重苦しいものを、すべてなすりつけてしまいたい衝動にかられる。
国を出て痛いほどに知ったその国力の心もとなさも、条約改正の蹉跌も、立法のむつかしさも、それやこれやの憂鬱と自己嫌悪、そして自分一個の欲望の醜さも、それがかなえられない苦しさも――――。
(この人のせいでは、ないのに)
しかしそのあたりまえすぎる理屈よりも、肌をあわせている木戸の熱くふるえる感触が、眉根を寄せ、目をとじて堪えているその表情が、久米を放縦な雄にした。
「ぅ、あぁ、あ、」
木戸の声の甘さが、脳髄を痺れさせる。繋がっているところから血がかけあがって、頭がぶわりと浮かぶような感じがする。
(限界だ)
と思った。
が、ひときわ大きく突きいれたあと、無意識に木戸の中から出ようとした久米を、
「待っ……」
腰にきつく脚をからめて、木戸がひきとめた。久米は我にかえり、あわてた。
「は、離してください、もう……」
「このまま、……して、ほしい」
汗とも涙ともつかぬ滴に頬を濡らして、木戸は喘ぎあえぎ訴えた。その声も顔も、このうえなく淫らだった。
「君は、何も気にしなくて、……っぁ、いい、から……」
「木戸さん、」
「このままで……中に……」
出してくれ、と紅い舌がねっとりと唇を舐めるのを見た瞬間、久米は弾けた。
 
「君は、優しいな……」
身支度をしている久米の後ろで、裸で布団にくるまったままの木戸がつぶやいた。久米は振り向いて、しかし何と返答したものか思いつかず、わずかに黙礼して目をそらした。
木戸は、仰向けでぼんやりと天井を仰いでいる。
(優しい……)
 久米は襯衣(シャツ)のボタンを留める手を、うつろにやすめた。優しくできたとは、到底思えない。木戸の顔を見ずに、彼の掛けている布団の端へ目を落として、ぽつりと言った。
 「大久さんは、優しくしてくださらないんですか」
 「うん……?」
 木戸が首を傾げた気配がする。
 「大久保さん、は……」
 情交のあとの倦怠を湛えたその声が、淡く笑っている。
「優しいふりは巧い人だな」
「では、国に残していらした方は、」
思わず声が上ずるのを、みずからひそかに叱咤する。
「いかがです」
その問いに、木戸はすこしの間沈黙した。それから、人生に疲労した老人が路傍に溜息をつくように、
「あの男は、優しいけれど……」
微笑にいろどられた声音は、そのまま途切れた。
「本当に、好いておしまいになった……?」
と、久米は木戸に向き直る。
「だから、おつらいのでしょう」
廟議で発言するときのように――久米にはまだその経験がなかったが――、直立不動で木戸を見つめる。木戸は眩しそうに久米を見返した。そうして微笑したきり、何もいわなかった。その微笑がひどく寂しげで、美しかった。
見つめあうことに耐えきれず、不意に気がついたようなふりをして、久米はふたたびボタンにとりかかった。
「今からでは、いくらも眠れないな」
そうつぶやく木戸の視線を、背中に感じる。
「本当に、君にはとんだことをして……」
「いけません」
低く鋭く、木戸の言葉の先をさえぎる。
「詫まってはいけません。どうかあやまらないでください」
「しかし……」
「そうやって私に謝罪なさって、今日のことはあなたおひとりの過ちということにしてしまうおつもりでしょうが、失礼ながらそれは、お考えがちがいます」
久米は木戸に歩み寄り、彼の素肌にかかっている布団の端を握った。木戸が押さえようとするのもかまわず、勢いよく捲りあげる。
「私は、あなたの中に三度も……」
木戸の下腹に手を置いた。白い肌がびくりと顫える。その反応に、久米の体にもまた、交情の記憶があざやかによみがえった。木戸が恢復するのも待たず、彼の中に押し入ったまま奔放にふるまった、熱い時間。
が、久米はすぐにその手を離した。
「あなたも男なら、その意味がおわかりになるはずです」
木戸が長い睫毛をふせ、久米のせいでこころもち腫れあがった唇をかるく噛む。その沈黙の上へ、久米はおごそかに告げた。
「あなたの過ちではありません。あなたと私、二人の過ちです。どうかそれをお忘れなきように」
木戸がはっと顔をあげる。濡れた瞳が不安げに揺れて、木戸から離れた指の間に、すっと滲みとおるように冷えた夜気がかよった。
「久米君……」
「おやすみなさい」
袖のカフスをまだ留めていなかったし、ネクタイも結んでいなかった。それでも久米は、上着とその他こまごましたものを一抱えにして手に持ち、ふかぶかと木戸に一礼した。
「……おやすみ」
木戸がしずかに微笑する。凪いだ眼の奥に、一瞬、縋るような色がはしったのは、久米の気のせいだったろうか。扉の前でもう一度立ち止まって見たときには、もうその瞳は光を内に閉じて、ただ茫々とした夜を映していた。
廊下に出て、ゆっくりと扉を押しもどしながら、久米はかたく目を閉じていた。扉のしまってしまう瞬間を、見たくなかった。
金具が嵌るかすかな音を聞いたとき、それが自分がちいさな骨のかけらになって、風に踏まれてゆく音のような気がした。かちり、ころりと、久米の骨が、彼にかわって啼きごえをあげる。
ノブを握ったまま、久米は長い間瞑目していた。
 
知ってしまった、と思った。
 
彼の人生に刻印されたあたらしい事実を、久米は心から悼んだ。それは彼が知るうちでもっとも甘美でやさしく、しかしもっとも寂しいことだった。
(過ち、か……――――)
彼はさっきの自分の言葉を反芻し、その余韻をなぐさめるため、その記憶の上へ一掬の涙を注いだ。なにか奇怪な言葉があふれでそうに思えて、それを噛み殺すと、唇がひとりでにふるえた。
真鍮製のドアノブは冷たく、久米がこれほど長く握りつづけていても、温まることはなかった。久米は五指を夜のなかへひらくように、ゆっくりとそこから手を離した。
部屋のなかでは、木戸が、扉の前から久米の気配が去らぬのに気がついているだろう。そうしてその間は彼は、じっと身動きできずにいるのだろう。なんとなく、そんな気がした。
「おやすみなさい」
彼自身の耳にさえようやく届くかどうかというほどの声で、久米はもう一度木戸にそう言った。
 
ホテルの長い廊下には、数間おきに常夜灯が設けられている。その淡い光と光の間を、久米は影を長く短くゆらしつつ、ゆるく曳いて歩いた。今にも駆けだしてしまいそうな、と同時に、床にずるりと溶けて吸い込まれてしまいそうな気がして、彼はひたすら自分の爪先を睨みつけて、一歩一歩、その歩みを算えながら、灯影にたゆたう夜に硬い靴裏の音をきざんだ。

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【2012/05/10 15:18 】 | よみもの
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