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【2026/04/05 01:59 】 |
大久保・木戸
こちら の続きです。
なくもがなという気がすごくしますが。続きというより蛇足のような。
ただなんとなく、ちょっとほのぼのさせて終わりたかったのです。
ほのぼのしてないけど(笑)


『苛吾の鳥』のしっぽ


「そうそう、鳥も愉しみには愉しみでしたが」

木戸は思い出したようにぽつりと言った。
「その、縁結びだとか言っていた婆さんに会うのも面白かったですよ」
大久保は片眉をぴくりと上げて木戸を見た。
「そうですか。私は干渉いたしませんが、あまり人に知られないようにしてくださいね」
「何がです?」
「艶福もけっこうですが、手当たり次第は感心しません。素性の知れない、しかも老婆というのは……」
「ちよっと、何をおっしゃってるんですか」
木戸が慌てて話を遮る。ちがいますよ、と眉間に皺を寄せて大久保を睨んだ。
「何を考えてらっしゃるんですか。うちの伊藤や、あなたのところの松方君と一緒にしないでください」
「おや、ちがうんですか」
「ちがうにきまっているでしょう」
あのですね、と木戸は執務机の脇をまわりこんできて、大久保の向かいのソファに座った。
膝の上で組まれた両手の指が、長く美しいのが目にとまった。
「ちょっと浮世離れのした老婆だったのですよ」
と木戸は遠くを見る目をして――そしてその目を少し細めて言った。
 

あんな感じの辻占売りを、郷里(くに)で見たことがありました。
 

辻占売りでなければ、そうですね、拝み屋にいそうな風体で……いや、風体じゃないな。
なんというか、そういう気、そう、気なんです。
拝み屋というより、あの婆さんが拝まれていてもおかしくない。
まさか伊勢神宮には置けませんが、さびれた村の鎮守の御本尊ぐらいにはいいかもしれない。
そんな妙な感じのする婆さんでした。
「だから――いや」
そこで木戸は言葉を切った。
「なんです?」
「笑ってくださって結構ですがね、私は祠なんぞ有難がったりはしませんでしたが、
なんだかあの婆さんのことは、信心していたのかもしれません」
「婆さんを、ですか」
「馬鹿げているとお思いでしょう。私だって本気で婆さんが生き神様や何かだと思っていたわけじゃない。
ただ何となく、何となくどこかで、ですよ。婆さんのいう何気ない言葉が、
実は、まあ御託宣というか、何かそんなようなものだったりしないかと、
ぼんやり空想することがあったんです」
「はあ」
「採るべき道の、手がかりのようなものが、こんなところに落ちていてくれはしないものかと……
まあ夢想ですね、つまらない夢想をしていたんです」
そう言って木戸は、珍しく素直な表情ではにかんでみせた。
「嗤っても、いいんですよ」
「いいえ」
大久保は首を振った。
「嗤わないんですか」
「ええ」
「どうして」
「嗤ってほしいのですか」
「どうでしょう。わからないな」
木戸はわずかに困ったような顔をして――しかし大久保の嗤わない理由のいくらかは、
彼にも通じているように思われた。
 

大久保も本来、迷信を軽蔑はしないまでも、彼自身神仏やら神秘やらをまったく必要としない
種類の人間である。
けれど、遠い過去、木戸が名も知らぬ奇妙な老婆からの御託宣をうっすらと願った気持は、
なんとなく大久保にも理解できる気がした。
 

過ぎてみれば懐かしくもあるが、あの頃は、先の見えない時代だった。
その変動の波に堪え、ときに暗い水中で藻掻き、水底に沈む恐怖とつねに闘いながら、
ついにどうにか乗り越えてきた経験を、立場は互いに異なっても、同じだけの艱難の記憶として、
大久保と木戸は共有していた。あの明日をも知れぬ動乱期に、
神秘の働きかけを信じたくなったとしても、
誰が責められよう。
木戸は理想主義に傾きがちなきらいはあるが、それでも根は徹底したリアリストである。
元来神仏を畏れるような男ではないだろう。その木戸が、ふと出会った老婆に
人智以上の何かを期待したのだとしたら、
それは当時の木戸の迷いがそれだけ深かった、言い換えれば当時の状況が
彼にそれほどの苦悩を強いていたということだ。
 

大久保は、同時代を生き抜いた人間として、その苦悩を充分に思い遣ることができた。
 

「案外その老婆が祠の祭神だったのかもしれませんよ」
大久保が言うと、木戸は目を丸くした。
「あなたでもそんな冗談をおっしゃるんですか」
「べつに冗談でもありません」
「神だの仏だの、あなたは信じていないでしょう」
「それはあなただって同じでしょう。しかし信じないからといって存在しないといえるものでもない。
存在すらはかりがたいから神なんでしょう」
無表情に言ってのけると、木戸は何が嬉しいのか、屈託のない微笑を大久保に向けた。
「なるほど」
それから、ふう、といつもの憂鬱げなそれとはちがう溜息をついて、
「神、か」
彼の美しい黒い瞳が凪いでいるのがわかった。
 

「ところで」と大久保が話しかける。
「はい」
「それではやっぱり婆さんの祠の御利益だったのでしょうか、京都で奥様とご縁があったのは」
「えっ」
木戸は何ともいえない顔をした。不気味がっている、という形容が一番似つかわしいかもしれない。
「……それは、一応からかっていらっしゃるのですか」
「そうでもありません」
「真剣にお尋ねでも、それはそれでいやですけれど」
「ただの興味ですよ。神祇省にやらせている教導政策の参考にならないとも限りません」
「へんなことをおっしゃらないでください」
「変でしょうか。私は――」
あの時代を生きた果敢ない人間の、果敢ない希いのひとつが叶ったのかどうか知りたいだけだ、
と大久保は思った。もちろん木戸は本気で祠に願かけなどしなかっただろうが、
殺伐とした日々のなかで、戯れに手を合わせた、そのひとときのやすらぎが、
彼に与えてくれたものがあっただろうかと――。
(年をとったものだ)
大久保は自らの感傷に苦笑した。


「大久保さん?」
木戸が訝しげに顔を見る。
「――いえ。私は老婆が神でもいいと思いますよ」
「なんですか、それは」
木戸の憮然とした声に、大久保は黙って微笑を返した。
「やっぱりあなたのおっしゃることはわからない。――でも、そうですね。それならもう少し熱心に
拝んでみればよかったかもしれません。私はあのとき、馬鹿馬鹿しい、どうせこんな婆さんが、
なんて思ってしまったからきっと罰があたったんです」
「どうしてそう思うんです」
「さあ、縁というのは、何も男女の縁にかぎったことではないでしょうからね……」
「ええ……」
「私には」
と、木戸は含みのありそうな上目遣いで大久保を見て、笑った。


「逆縁ばかり、ですよ」


(こっちの台詞だ)
大久保は答えずに、さっきまで木戸が立っていた窓辺に目をやった。見るべき風景など何もないが、
空が高く、青かった。明日は閣議だ、とふと彼は、木戸の執務室に来たそもそもの理由を思い出した。
また木戸は泣くだろう。泣いて自分を恨むだろう。けれども大久保は
木戸を泣かせることに何の躊躇いもない。
木戸も倦まずに長文の意見書でも携えてくるにちがいない。
(逆縁か)
大久保は木戸にさとられないよう、髭の下で小さく笑った。

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【2011/09/25 16:23 】 | よみもの
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