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【2026/04/05 10:34 】 |
井上×木戸
よからぬおとなのおはなしです。

またしても季節はずれな上に聞多のこの見境のなさはどうなんだ、と(笑)
一応個人宅の敷地内だから大丈夫ですよね___(法的な意味で)

そうせい公と世子様は藩士に優しすぎだよね、というニヨニヨが
発酵してできた代物ですが、俊輔が今日も気の毒です。
ついでに市もかわいそうです。

以下、よみものでございます。


『木下闇』
 月の翳りがちな夜であるのに、あたりがぼうっと明るくおもえるのは、多分卯の花のせいだろう。白い花弁には夜露が繁く、ときおり重たげに滴り落ちる。それが花の下で仰向けに晒されている木戸の肌にふれるたび、井上を包んでいるやわらかな肉が、きゅっと音をたてるように収縮した。
 すこし遅咲きなのだと、さっき木戸が言っていた。なるほど夏も盛りになろうかという今、白い花が熟れるように咲き乱れているのは、やや晩いほうであろう。この木の由来を木戸はなにか語りかけたようだったが、結局聞かずじまいだった。井上に花を賞でる趣味はない。彼にとってこの場所は、この邸の庭のなかでもっとも繁みが濃く、母屋から陰になっているというだけのことである。彼は花のことをいおうとする木戸の袖を強引におさえて、こぼれるような白い影の下へ引き倒した。
 「ん、……ふ……っ」
 井上の腰の両脇へ脚を投げ出して、ゆるく揺さぶられながら、木戸は端整な顔をゆがめて、あたえられる刺戟に耐えている。彼の片手は芝をつかみ、もう一方の手は口にあてられている。その手に、つよく歯が立てられているのがわかる。
 「噛むなよ」
 痣になる、と井上が言っても、かるく睨むだけで聞き入れそうにない。この場所からそう遠くない座敷でつづいているはずの宴会を気にしているのだろう。夏のことで、むろん戸障子はすべて開け放ってある。
 「聞こえやしませんって」
 「わ……からない、だろ、」
 「いいからあんたは好きに啼けよ。俺は聞きたいんだ」
 木戸の手を口もとから剥がしてしまう。体の中から責められている木戸は、拒もうとしても充分に抵抗できない。
 「やめ……、」
 「大丈夫だって」
 「離……」
 「いざとなったら俺が口を塞いでやる」
 耳朶を噛み、低い声で脅しつけるようにいうと、木戸の体がびくりと顫え、あとはおとなしくなった。
 「ききわけがよくて結構」
 「お前は、」
 「そんな顔をしなさんな」
 繋がった部分で、ぐっと弱いところを押し上げてやると、木戸は吐息まじりの濡れた声を洩らした。
 
 天保山沖の海水浴から木戸が帰ってきたのは、先月の末のことだった。過労で頭痛と不眠、胸痛まで訴えていた木戸も、この転地療養のおかげで顔色もずっとましになり、すっきりした様子で参朝してきた。
 「木戸さんが戻られたことだし」
 と、はじめに言い出したのは誰だったか。伊藤かもしれないし、鳥尾か三浦あたりだったかもしれない。木戸の留守に政府諸官の公選までおわり、八分どおり完成した版籍奉還について、国の連中があつまってこれを祝う席を設けようということになったのである。
 料亭で、と多くが思ったが、誘ったときに木戸が「それならうちで」と言った。版籍奉還は完全に済んだわけではなかったし、済んだとしてもまだ前途に課題を残している。それらについては決して余人に洩らされぬことで、だから料亭よりは自分の家がいいだろうという提案であった。
 「幸い、別邸にはうちの者はいないし、使用人もすくない」
 後半は健康上の理由で東京にいなかったとはいえ、今回のことで一番骨折った木戸に、祝宴でまで世話をかけるのはどうかと思わないでもなかったが、結局、幕末以来の癖で、皆彼にあまえた。木戸は木戸で嬉しそうに、誰は来るか、彼も誘えといって座の準備をした。
 果たして、その祝宴は大いにもりあがった。薩摩が渋るかと思ったがやれよかったと甲が言い、これで維新の鴻業もどうにかその緒についたと乙が受けた。若い連中が多いから、酔いの浅いうちは今後について大いに議論をし、盃が充分に経めぐってからは、陽気に謡いさわいだ。各人ずいぶんと酩酊して、次第に呂律もまわらなくなり、部屋の隅で体を倒して寝る者も出はじめた。男ばかりの一座のことで、誰もかまう者がない。皆それぞれの酔態で、夜の更けるのも知らなかった。
 井上も、瞼が重くなりかけていた。彼の応答が鈍くなったせいだろう、隣にいた伊藤は、とうに井上をほっぽって、山尾か誰かをつかまえて話している。
 (ああ、酔ったな)
 自分も隅を借りて横になろうかと思ったとき、
 (お)
 すっと――実にそれはすっとと形容するにふさわしかった――目立たぬように、しずかに木戸が立ったのが見えた。
 (ははあ……)
 あの人は酔っていないのか。廊下に消えてゆく木戸の背中を見てそう思った。するとふしぎに、自分の酔いもひいていく気がした。
 木戸は厠にでも行ったのだろうか。ずいぶん冴えざえとした、醒めた足どりだった。さっきまでかなり飲んでいるように見えたのだったが、
 (飲んでも酔えん、か)
 なるほどな、と井上は溜息をついた。厄介な男だ。どれ、と彼もほかの連中の気をひかないように、何気ないそぶりで立ち上がる。厄介ならば放っておけばよいものを、と自分で苦笑するが、しかし酔いも半ばさめてしまった今、この衝動はもうどうにもならない。
 
 厠の前までは行かず、井上は縁先から下駄を引っかけて庭へ出た。長い廊下は曲がりくねっていて、庭の中から、ちょうど母屋と厠の継ぎ目あたりが見える。そうして彼は下草の露を踏みながらしばらく待ち、やがて、廊下を戻ってきた木戸をよびとめた。
 「聞多?」
 木戸は意外そうな声をあげた。
 「どうした、そんなところで」
 「いやね、」
 狸が、と井上は笑ってみせた。
 「狸がいたもんですから」
 「狸?」
 なんだそれは、と木戸も笑いながら庭へ下りてきた。
 「狸ぐらいいるだろう」
 「それが親子だったんで」
 「お前、そんなものが好きなのか」
 「好きでもないですが、酔いざましに」
 「ふうん……」
 木戸が、夜目にも青い桐の葉の下をくぐって来る。昼の廟堂や、行灯の灯った座敷で見たときはわからなかったが、淡く細い月の下にいる彼はどことなくもの思わしげな翳を帯びて、
 (痩せたな……)
 と井上は思った。
 「まあ、何はともあれ」
 と、首をのばして狸を探しているらしい木戸の後ろで、井上は急に話頭を転じた。
 「まず今回はうまく運ぶでしょう。よかったじゃありませんか」
 「うん」
 木戸は後ろを向いたまま、ごくかるく答えた。
 「よかったんですよ」
 井上が念をおすように言うと、
 「だからそう言ってるじゃないか」
 ふりむいて笑った。その顔に、微妙な寂寥の翳がある。
 「世襲の知藩事など今後百害をなすばかりです」
 「私ははじめからそう言ってるんだ」
 「諸官はあまねく天下の士を募らねばなりません」
 「そうだな」
 「政府は中央に一元化して、一君万民でいかんことには、」
 「知ってるさ」
 なぜ今さらそれを説法するんだ。木戸は井上の酔態(だと思っているのだろう)を楽しむように、近寄って肩を叩く。井上はあやうく舌打ちしそうになった。
 「だったら」
 と、口を曲げて横を向く。
 「だったらこの上あんたが何を悲しむんです」
 「俺が?」
 木戸はふわりと笑った。
 「なんで俺が悲しまなきゃならないんだ」
 ふいとまた背をむけて、
 「あ、卯の花が盛りだぞ」
 うちのは少し遅咲きなんだ。夏の花で何かいいのが欲しい、派手じゃないのがいいといったら庭師が……――。言いかけた木戸の前に立って、井上は卯の花の下まで無言で歩いた。それから怪訝な顔で後についてきた木戸の腕を引き、肩を抱いて、抗う間もなく深く口づけた。
 
 あとは、いつもと変わりなかった。素肌に手を入れ、はじめはひたすら木戸の弱い場所をまさぐる。そんなことで彼が本当に力を奪われるものか、井上にはよくわからない。ただ抵抗できなかったという言い訳を――誰にするわけでもないのだが――、彼のためにつくってやらねばならない。そして木戸は今日も徐々に四肢の強張りをゆるめ、湿った吐息を洩らしながら、井上の愛撫の前にくずおれた。
 「帰ってからだってろくに眠れてないんだろう」
 両脚を抱え、そこに自身を押し当てながら訊いてやると、木戸は潤んだ眼で井上を見かえすだけで、なにも言わなかった。情欲に支配されきっているのだと、だから何を訊かれているかわからないのだと、必死に弁解しているようだった。
 「どうせ寝ないんだったら、夜通し俺につきあってくれてもいいだろうさ」
 わざと圧迫感をあたえるような角度でゆっくりと侵入すると、木戸は自分の手を噛みながら、喉の奥ですすり泣いた。
 
 井上が最近藩の世子に拝謁したのは、それでも去年のことになるだろうか。もとは藩主の御小姓役を勤めたこの男との再会を、世子はことのほかよろこび、かれら父子の近況を伝え、また井上の身辺のことを聞きたがった。そうして話がとぎれたとき、ふと、
 「木戸はどうしている」
 と下問があったのである。
 「木戸、ですか」
 井上はちょっと首をかしげて、
 「木戸は多忙にしておりますもので、私もそう詳しく様子を存じませぬが……まず、達者なようです」
 そう答えると、世子はややほっとしたような、しかし何やら気遣わしげな表情で、
 「そうか……」
 とみじかく相槌をうった。
 「何か御言伝てでも?」
 井上が気をまわしてたずねると、世子はさびしそうに笑って、
 「いやなに、父上がな、」
 と、その話をはじめた。
 
 昨年の初夏、国元へ帰った木戸を召して、藩主毛利敬親は現下の政情と、今後の朝廷の施政方針について尋ねた。その折木戸が版籍奉還を進言したことは、井上も聞いている。
 敬親は、べつにおどろかなかった。
 世評のように即座に「そうせい」とはいわなかったが、ほんのすこし考えるような顔をしただけで、あとは表情の読みにくい、茫洋とした温顔にもどり、
 「ああ、なるほど」
 と、いかにも大名らしく、鷹揚にうなずいた。ただ、藩内の人心が動揺していることを言い、この動揺が万一にも拡がって、宸襟を悩ませ奉るようなことになっては臣子として畏れおおいから、くれぐれも時期を見計らって慎重に、と釘をさした点は、敬親が世上いわれているようなもっさりした木偶ではないことを証拠だてている。
 それからふた月ばかりして、敬親は上京することがあった。その仮寓をたずねた木戸は、ふたたび版籍奉還を慫慂した。
 「粗漏のないように」
 それが返事であった。まかせるから大いにやれ、という意味の、これは殿様風のいいまわしであっただろう。その後、薩長土肥四藩主による奉還の上表があり、今も事務が進捗中である。
 そこまでは、井上も知っている。
 が、世子元徳が言っているのは井上の知らない事情らしい。
 「父上も、他意はなかったらしいのだが」
 細面の顔に、育ちのよさを充分にあらわした、ものやさしげな苦笑をうかべて元徳はいう。
 その日、ひととおりの対話がおわって、敬親は奥へ戻ろうとした。木戸が平伏してそれを送る。と、敬親はふと立ち止まり、木戸をふりかえって、
 「しかし、ならば準一郎、」
 ひとりごとのようにぽつりと言った。
 「そちとはもはや、主従ではなくなるのか」
 天朝へ還したてまつる「籍」には当然木戸の「籍」もふくまれているのであり、それを手ばなす以上は、心情はともかくも、条理のうえでいえば主従ではあるまい。それならば、自分も木戸もひとしく天子の直臣になるのだな、神武帝御創業のそのかみに復すとは、つまりはそういうことなのだなと、時勢の大転換に対する一種の感動めいたものを、敬親はそのみじかいことばにこめたつもりだったらしい。
 が、木戸はそうはうけとらなかった。
 当然であろう。幕末の、時勢が沸騰して、いわゆる俗論派との抗争が熾んなときこそ、木戸は多少激しい言葉も吐いた。「自分の桂家は御当家累代の臣である、御家に仕えているのであって、御当代様の私臣ではない。よってよし御当代様に不忠となるとも、古くより勤王のお家柄である御当家に忠を尽くすことが自分の倫(みち)である」そう書いた手紙を、井上ももらったことがある。しかし裏を返していえば、そうことさらに揚言し、自身を追い込んでゆかねば、やがては藩制を否定することへつながる活動へ、木戸は邁進しがたかったのであろう。彼はいわば幕末の頃から、藩主に対して負い目があったのである。
 敬親は、そのあたりが木戸にくらべれば恬淡としすぎていた。
 彼はべつに悲哀や恨みつらみをこめたつもりではなく、ただ時代はかわるのだなと、そのことだけを感想としていったにすぎない。木戸自身が気に病んでいるほど、彼の忠義なるものを疑ったことがなかった敬親は、ふと虚心につぶやいたのである。
 が、
 ――準一郎は真っ蒼になりおった。
 肥満した体を小さくすぼめるようにして、あとで元徳に言ったという。
 敬親のつぶやきを聞いた木戸は顔をあげ、何かいおうとして唇をわななかせたが、言葉にならず、ふたたび深々と平伏したという。その肩が、ふるえていた。敬親も意外のことでかける言葉がなく、結局そのまま別れてしまった。
 ――どうやら気の毒をしたようだ。
 木戸は、あれからどうしているか。まさかあの日の一件のために意気を沮喪して、なすべきことをしない彼ではあるまいが、無用の心痛になやんでいるのではないかと、敬親はひそかに気にしていたという。
 「言わでものことを言ったと、悔いておいでだ」
 元徳はどこか気恥ずかしげにそう言った。父敬親の、このばかばかしいほどの篤実ぶりが、話している彼にもくすぐったくおもえるらしい。
 「大殿様も、あいかわらずお優しい」
 井上もまた苦笑した。
 「ほうっておいていいでしょう。木戸もそれくらいのことは覚悟の前でやっているはずです」
 たとえ本当に藩主に恨まれたとしても、天朝の政府をつくる以上、政令の一元化はかならず仕遂げねばならない。そもそも国父が頑迷な薩摩などにくらべれば、長州はずいぶん恵まれているではないか。そこで木戸の一人や二人泣いたところで、いちいち気にしてはいられない。
 元徳もおおかたおなじことを考えたのだろう、
 「あれは、すこし苦労性がすぎるな」
 と微笑をくずさずに言った。
 「主従でないのかと問われれば、いかにもそのとおりと答えるほどでなくては、王政の道理が立つまい。情誼は情誼、天下のこととは別であろう」
 「私も、そこで『御意』とは少々お答えしかねまするが」
 元徳は若く、聡明である。その真率さがときに井上にはまぶしいほどで、このときも言葉を濁したが、その逃げ腰のようすが元徳にはおかしかったらしい。
 「そういうことでは、いかぬぞ」
 からかうような調子で言った。井上はべつに逆襲するつもりではなかったが、ふと、
 「ですが、御前」
 と畳の上へ目を落とした。
 「たとえばあの高杉も、おなじことを問われれば、是とは申しますまい。あれなどは、たとえ天下の法はそうあっても、自分は断固御両殿様の臣であると、これは木戸とはちがってぴしりと申しましょう」
 だからどうしたというのだろうと、井上は自分で自分の言が不審であった。いま高杉の話をもちだしてもどうにもならないのに、不意に右のことが口をついて出たのは、主従の縁について、彼にもまた時勢と対立せざるをえない、なにがしかの感慨が湧きおこっているからかもしれなかった。
 「ああ……」
 頷くような、歎息するようなほそい声を、元徳はもらした。
 「晋作、か……」
 彼の目に、無限のなつかしさと憂いが湛えられていた。
 
 その話は、それぎりであった。その後木戸は藩公父子に謁していないはずだし、井上も世子に聞いた話は誰にもしなかった。
 (あの人の性分だ)
 まわりが何かしたところでどうにもならぬと、井上は知っている。それに木戸自身もその件について何もいわないし、なんとなく彼なりに整理がついたのかもしれない。
 と、今日まではそう思っていた。
 (めんどくせえ男だな)
 今日の木戸のようすを見て、井上は苦笑せざるをえない。版籍奉還の事務がすすみ、実が挙がるごとに、木戸はその古傷(一年前のことだが)をますますこじらせていたのだろう。
 (もう大殿様だって忘れてるんじゃねえか)
 もっとも、先方が忘れたところで木戸には関係ないのだろう。旧恩を躙みにじった、という思いは、ひとには容易に――新政府の枢機にあずかる身として――いえないことながら、彼のなかにぬきがたくありつづけるのだろう。
 (どうせろくに眠れてないんだろう)
 そう思ったが、べつに眠らせてやろうという親切心で組み敷いたのではない。酒にも酔えず、宴席にも溺れられない木戸を発見して、あいかわらず面倒な男だと思ったら、急にどうしようもなく欲情した。
 (どうかしてるな、俺も)
 いつもよりゆっくりと揺すりあげながら、こみあげてくる憫笑を、頬を伝う汗とともにふりはらった。口元から引き剥がした木戸の手に指を絡めると、熱い内部がいっそう狭くなる。
 「酒には酔えなくなっても、こっちは感じるのな」
 快楽にどうにか攫われまいとしている顔を見下ろしながらそう言うと、潤んだ眼のはしできつく睨まれた。が、熱に紅みを帯びた唇からは、時折嬌声が洩れるのみで、言葉を紡ぐことはできないらしい。
 「あんたさあ、」
 井上は場にそぐわない、妙にさっぱりした声で言った。
 「あんたは時々やたら思い切ったことをするくせに、そうかと思えば、誰でも簡単にやれることがいつまで経ってもできないんだな」
 「何……の、」
 何の話だ、といおうとして、途中で息をつめ、唇を噛む。井上は一旦動きを止めて、
 「割り切りなよ、もう」
 木戸の眼は一瞬わずかに見ひらかれ、それから潤んだ瞳の焦点をあわせようとするように、井上の顔の下で物憂げにすがめられる。
 「なに……が……」
 「何がじゃねえよ。自分ひとりが悪いみたいな、もったいぶった仔細面しやがって。思い上がってもらっちゃ困る」
 そう言った井上よりも、木戸のほうがよほど困惑した顔で、かすかに悔しさに似た色を滲ませながら、じとりと見返した。なんだよ、と今度は井上が言い、
 「何を思ったってかまわねえけどな、今体壊してどうするんだよ」
 「そ……」
 木戸はようやく反駁の突破口を見出したように、
 「そう言いながら、お前は、今こんな……」
 井上が自分の体を弄んでいるのを咎めたが、
 「俺はいいんだよ」
 ぬけぬけと言ってやり、あとは木戸が余計な口をきかないように、またゆるやかな、しかし熱の濃やかな律動を再開した。きっとこちらを睨みすえた眼が、抽挿のかさなるごとに霧のような暈を帯び、やがて切なげに閉じられる。
 「聞多……」
 徐々に昂まっていく最中に、うわごとのように名前をよばれた。
 「体の、ことなら……」
 「体?」
 「俺の体のことなら、心配ない」
 「そうかね」
 「ああ」
 だから、と木戸は潤んだ瞳をこちらに向け、手をのばして井上の頬にふれた。
 「大丈夫だから、ちゃんと、してくれないか……」
 「してるだろ」
 そう言いながら木戸の好きなところを突いてやると、ん、とかすれた声をあげて、
 「そうじゃない」
 と目をふせる。
 「そうじゃなくて、もっときつく、抱いてくれ」
 「ああ……?」
 あんた、と、井上は半ばは本気で呆れてみせた。
 「本当に痛いのが好きなんだな」
 思えばはじめて体を繋げたときから、木戸は丁寧に馴らされるのをどちらかといえばいやがり、性急に、激しく貫かれるのを好んだ。それは今まで彼の体の上を過ぎていった男たちが、彼の肌に教えた仕草だったのだろうか。そう思うと、嫉妬とはまた別の、妙な苛立ちがこみあげてくる。
 が、今彼の下で、木戸は弱よわしく首を振った。
 「ちがう……」
 「嘘つけ」
 背中の下から手を回し、肩を強く引き寄せて、深く突きあげた。木戸が咄嗟に唇を噛み、くぐもった悲鳴をあげる。
 「いいって言えよ」
 「痛、……」
 「いいんだろ?」
 「違……っ」
 井上は血とともに沸きめぐる慾のままに、木戸の奥へ押し入り、乱暴に腰を使った。本当は木戸の体調を慮って、さっきまではゆるゆると動いていたのに、木戸がその親切をよろこばないのだから、あとはもう自分の衝動をおさえる気もおこらなかった。
 それでも、堪えきれない嬌声の合間に、木戸は何か言おうとする。井上は聞く気もなかったが、何度目かでようやく木戸は長く息をつぎえて、
 「……じゃ、ない……」
 「ああ?」
 「痛いのが……、好き、なんじゃない……。おまえがす……っ、……んんっ」
 最後は喉の奥に飲まれて消えた。井上の掌が、不意に口を覆ったせいだった。
 「……っ! な、なんで……」
 その手を振りはらった木戸が抗議の声をあげる。
 「『なんで』じゃねえよ!」
 井上は肩で息をした。眦が裂けそうなほど、両眼がおどろきに見ひらかれている。
 「あ、あやうくいきかけたじゃねえか……」
 「いけ、ば……いいだろ……」
 「冗談じゃねえ」
 熟れ爛れるような木戸の瞳から目をそむけ、はあっと大きく息をつく。
 「あんたより先にいってたまるか」
 口のはしへ流れ落ちてきた汗を鬱陶しげに吹きとばし、井上はふたたび、木戸の苦痛と快楽がちょうど綯い交ぜになる深さで突き上げはじめた。抑えた啼き声に、体の芯がふたしかになるほどの眩暈をおぼえる。
 「聞、多……」
 今度は語りかけようとするのではない、ねだるような声で名前を呼ばれて、紅くほころんだその唇を深く吸った。
 肌に感じないほどのあえかな風が、ほそい月の下をかよっているらしい。二人の上に咲きこぼれる卯の花の小さな花弁が、時折はらはらと舞って、汗ばんだ体の上に白い紋を散らした。自分の背中にも載っているであろうそれは見えなかったが、木戸の肌の上に見る花は、その小ささに似ずふしぎになよやかではなく、するどくはりつめた涼しさをほこっていた。
 
 ぐったりと力の抜けた木戸の肩を支えながら座敷に戻ると、それまで文字通りの杯盤狼藉の態であった一座が、さすがに緊張した。
 「どうしたんです」
 と真っ先に山田が駆けよってきた。どちらへおいででした、と尋ねたところをみると、一応自分たちが中座したのを気にかけてはいたらしい。もっとも、ほかの連中はどうかしらないが。
 「木戸さん、どこかお加減でも……?」
 「あー……」
 よっこいせ、と自分の肩にかけていた木戸の腕をはずし、腰をおろさせる。木戸はわずかに呻いたのみで、目を閉じたままひと言も発しなかった。その背を、後ろから三浦が支える。
 「便所に行こうと思って出たら、木戸さんが廊下で潰れてたのよ。動けないみたいだったから、その場で介抱して、まあちょっとマシになったから連れて戻ったんだけどな」
 とりあえず奥で寝てもらおうぜ、誰か適当に布団敷けや、押入にでも入ってるだろ、と、若い連中のほうを見て、奥の間を顎でしゃくった。いつにもましてぺらぺらと多弁な自分を可笑しく思う。舌が口の中で空滑りしている感じだった。
 が、突然目にした木戸の不調に、一座の者はあるいは指示通りに床をのべ、あるいは水を持ってきたりとそれなりに甲斐甲斐しくはたらき、井上の微妙な異状には気がつかないようすだった。
 (あいつをのぞいては、だけどな)
 どやどやと木戸のまわりを囲んでいる連中より半歩さがったところから、細い目がちろりと井上を睨んでいる。
 ――いいじゃあねえか。べつにおまえのじゃないんだし。
 目くばせしてやると、彼――伊藤は露骨に顔をしかめた。俺のでたまるか馬鹿、だとか、まあおおよそそういうことが言いたいのだろう。それからのっそりと近づいてきて、
 「ここにおいでのときは酔ってなさそうに見えたがなあ」
 意識が朦朧としているらしいのをいいことに、無遠慮に木戸の顔をのぞきこみ、次いで井上の顔を見た。
 「そうだなあ、ふしぎだなあ」
 大仰に頷いてみせるとさらに強く睨まれた。
 「全然そんなこととは思いませんで……。申し訳ないことをしました」
 不穏な視線の応酬は、ほかの連中にはわからない。飲めますか、と木戸の口許へ水の入った湯飲みをもっていった山田は、心底気の毒そうな顔をしていた。
 「しかし、」
 とまた伊藤が冷たい(井上だけがそう思うのだが)声で言う。
 「悪酔にしては血色が、何だな。ふつう青ざめるものだけどな」
 「あ、本当ですね……」
 山田が木戸の額に手をあてる。
 「熱はないようですけど、赧いですね」
 「どうしてだろうなあ、聞多」
 「ふしぎだなあぁ」
 「ふしぎって、何かその……」
 山田は木戸からすこし離れ、声をひそめて、
 「よくない御病気なんでしょうか」
 つらそうに眉をひそめるので、井上は噴き出しそうになるのを懸命にこらえた。
 「いや、そういうんじゃないだろ。心配するな」
 「そう、大丈夫さ」
 伊藤はとってつけたような笑みを山田にむけ、
 「悪い病気に罹ってるのはこの男のほうだからな」
 肘でしたたか井上の脇腹を突いた。
 「え? あ……」
 山田は一瞬きょとんとしたが、それから何ともいえないきまりわるそうな顔で、
 「井上さん、あまり安い女は買わないほうがいいですよ」
 囁いたので、井上はその頭に一発拳固をくれておいた。
 
 体の大きい三浦が木戸を運ぼうと申し出たが、
 「乗りかかった船だからな」
 とわけのわからない理屈でそれを押しとどめた。
 「お前らはそのままやってろ。これで尻すぼみにお開きになったりしたら、却って木戸さんが気にするだろうぜ」
 「井上さんは、どうされます」
 座にもどらないのかと鳥尾が訊いてくれたが、
 「ああ、俺もちょっと頭痛がするんでな」
 とかるく手をあげてことわった。
 「木戸さんをおぶって歩いたら酔いがまわったらしい」
 「そうですか……」
 めずらしいですね、と言う鳥尾の後ろで、伊藤が、
 「お前の頭のことだから左巻きにまわってるんだろ」
 と下唇を突きだした。
 
 「お前、俊輔にどこまでしゃべったんだ」
 枕の脇に座った井上を、木戸が虚ろに見上げてくる。
 「聞こえてたんですか」
 手を伸ばして、布団の襟元を直してやる。
 「まあしゃべったことにはみんなしゃべっちまったんですがね、あいつはいやがってちゃんと聞きゃしないから」
 「そりゃそうだろ……」
 気だるそうな顔で苦笑する。
 「明日俺は病欠するからな、またあいつの仕事が増えるだろう」
 「あいつは仕事が好きですよ」
 「好きでも嫌いでもどっちでもいいが、俺だって自分でやりたいことも多いんだ」
 特に今回のことは、御一新の事理が立つか立たぬかの切所だからな。交情の余韻をすこしも感じさせない、重く冷ややかな声で木戸が言う。何度ひきちぎっても蘇る、彼のその理性の枷が、その回りに張りめぐらされた棘が自分にまで刺さるようにおもえて、井上はそっと掌で木戸の眼を覆い、唇をかさねた。
 「なるようになるさ」
 いっそなげやりに言ってやると、半ばあきれたような、ほっとしたような顔で、木戸がもう一度笑った。

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【2012/02/08 20:49 】 | よみもの
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