京師で別れて以来いくらも経たぬのに、来原は面痩せて、すこし小さくなったように見えた。
「食事は上がってるんですか」
到着の挨拶のため、律儀にもその日のうちに義兄を訪ねて来た彼に、桂はまずそう訊いた。
「一日や二日喰わないくらいで死ぬか」
俺は、道中ぐずぐずするのは嫌いなんだ。例の強行軍で来たから、痩せて見えるというならそのせいだろう。来原は笑ったが、しかしその笑いの終熄する瞬間に肉の削げた頬へふと差した翳の蒼さが、桂の気持を沈ませた。
「眠れないんじゃありませんか」
目の下の隈も気になった。が、来原は、
「毎晩高鼾で寝こけるようで武士といえるか。女のようなことを訊くな」
と言って相手にならない。仕方なく桂は人を呼んで酒の支度をさせ、それから、
「俊輔は帰っているか」
と尋ねた。伊藤がいれば、彼のいわば旧主である来原に当然挨拶させるべきであったが、あいにく来原の来訪より前、所用を言いつけて他出させてしまっていた。まだ、戻らないという。
「じきに戻ると思いますが」
弁解するように言うと、
「いや、いい」
淡泊というよりもいくぶんきまりわるそうに、来原は首を振った。伊藤に会うことに、気後れでもしているようだった。
(よほどまいっている)
桂はそう見て、その観察の結果が、胃のあたりにじくりと落ちこんでくるのを感じた。それは苦痛というよりも、寂しさに似ていた。
(俊輔など叱りとばしてやればいいのだ)
と彼は思っている。来原が、年齢の上からもこれまでの関係からも、伊藤に遠慮しなければいけない謂れは毛ほどもない。むしろ伊藤の軽操を――若いからしかたがなくもあるのだが――師として存分にたしなめてやってよいと、桂は思う。彼自身はいまの役目柄、書生流の議論に加わることを自制しているが、しかしときにその縛めを自ら解いて、大いに理非を論じたいと焦燥するときがある。ただその思いがはたして公正であるのかどうか――そこに情実の湿り気がふくまれていないのかどうか、彼自身自信のないところがあるために、ひたすら口を鎖して堪え忍んでいるのである。だから渦中の来原が何も弁疏せず、却って自分を罰するようにして苦衷のなかにすごしているのが、桂には歯痒く、気の毒にも申し訳なくも思えてならないのである。
桂は、黙って酒を汲んだ。来原はぽつりぽつり、道中の景色などを話した。それはまったく市井の風流人のような絵画的な写景にすぎず、京阪の地を有形無形に支配している時勢のうねりや、今後の展望などということは、彼の口からは出なかった。
「良さん」
と、桂は途中で口をはさんだ。
「私は、佐世とまだゆっくり話をしていないのです」
「そうかね」
来原は目もとだけで微笑した。
「横浜の一件、ですから私はよく知らずにいうのですが、今実行するのはよほど危険です」
「佐世もそう言った」
「ええ。あれは篤実な男です。議論に嘘がない」
「そうだな」
「その佐世のいうことなら、聞いてやってよさそうに思いませんか」
「だから、俺は諾(き)いたぞ」
ぎろり、とねめあげてくる眼の光がいかにも重く、来原の肚の底の深さと固さを思わせて、桂を憂鬱にした。
(それは、一度は引っ込めたかもしれないが――)
あなたは嘘をついている、とはいえずに、桂は唇を噛んで俯く。
今年二月、老中安藤対馬守が刺客に襲われたとき、この幕閣と諸藩の多くの士にとって寝耳に水であったろう出来事を、桂は事前におぼろげながら知っていた。
回天の事にあたっては、水戸の有志が破を行い、長州は成をつとめる。昨年の秋、桂は水戸藩士とそのように盟約した。
――すでに大いに破を試す準備がある。
と、そのとき相手は言った。「成」を遂げねばならぬ尊藩に無用の迷惑はかけられぬからと、計画の内容までは打ち明けられなかったが、いずれ幕府の要人を襲う腹づもりであろうと、桂は察していた。
果たして、安藤は襲撃された。が、そこに思わざる齟齬がおきた。
肝腎の安藤が死ななかったこともそうだが、暗殺の会盟者のうちで、ひとり、襲撃に遅れた若者が出てしまった。彼はそのことを一途に思いつめ、秘密裏に結んだはずの成破同盟の相手――長州・桜田藩邸の、桂のところへ来てしまった。同志たちに申し訳が立たない、切腹することにしたから場所をお貸しねがいたい、という。無論桂は止めたが、ちょっと目を離したすきに若者は見事に腹を屠ってしまった。
襲撃の関係者が長州藩邸で死んだというのは、容易ならぬことである。当然、来訪を受けた桂に幕府の嫌疑がかかった。
一時は覚悟の必要な事態も考えたのだが、結局藩はもちろん、桂にも何のお咎めもなかった。詮議を無事に終えたのは、あくまでしらを切りとおしたということもあったが、それ以上に擁護者の存在が大きかった。
このあたりが、桂の立場の複雑なところである。
桂を大いに弁護し、問罪から救ったのは、長井雅楽であった。
「航海遠略策」の献策で大いに幕閣の信用を得た長井は、公武合体論の魁として、天下に名を知られていた。その長井が、「公武の和を紊すのは水戸であり、その水戸と融和し、よくこれを抑えうる者は桂をおいてない」という理由で、老中たちに桂の赦免を歎願したのである。
桂は何も水戸の尊攘派を懐柔するためにかれらと近づいたわけではなかった。かれらとは同志であると思っている。しかし一方で、長井のことも、久坂などの松門の連中がいうような奸物とは考えていない。久坂は長井が松陰を陥れたのだと信じているが、桂のみるところ、長井はべつに松陰とその派の思想を弾圧する意図はもっていないようである。かつ、彼の案にも大いに採るべきところがある。ただ、才子才に倒るの典型で、彼が自分の案の評価されたことを得意とし、一方の評価者である幕府に近づきすぎているきらいがある。人には、幕閣に取り込まれている感をあたえつつあり、藩としてもあまり名誉なことではない。そのあたりの脇のあまさが、やはり才だけで押してゆくこの型の人間の欠陥というものであろう。
が、妙なもので、そう思っている桂は長井にすっかり見込まれてしまった。公武合体論推進の伴侶として、である。この件で桂は長井に恩がある反面、彼の誤解がひそかに迷惑でもあった。
長井は長井で、彼が同志かそれに近いものだと信じている桂が、暗に支援したこの老中襲撃事件によって、藩および京都政界での地位を一気に下落させた。
安藤が退隠したことで、公武合体路線は大きく後退した。したがって、その推進者である長井の評価も一転してしまったのである。
政治というものは結局は時期をみることであり、時期のくるまではいかなる賢策良案も、秘して発たざる忍耐が肝要である。長井はそこを誤った。
(かの人の案にはおそらく不易の真理がある)
桂はそう感じながらも、
(気の毒だが、政治とはそういうものだ)
と冷静に考えている。そうして割り切って、それでおわるはずだった。
ところが、彼にとって悲痛だったのは、来原が長井説の熱心な支持者だったことである。
といっても、「逆賊」長井は藩命によっていまは国元で謹慎中の身だが、来原に対しては別段そういう沙汰があったわけではない。むしろ藩公父子も「正義派」の重役も、この来原という勁烈な木強漢を、ありていにいえば好きであった。そもそも、長井の説が本来「奸」と呼ばるべき性質のものではないことを、少壮客気の連中はともかくとして、おとなたちはみな肚の底ではわかっていた。問題は議論の内容ではなく、長井の徳望の面にあった。純粋に議論の成否を問う立場からいえば馬鹿げたことではあるが、それが案外政治というものの本質であることを、桂や、もっと上の周布や中村といったおとなたちは知っていたのである。
だから、政局の問題として長井を排斥した。しかし来原のことは、誰も問責しようとはおもわなかったのである。
が、当の来原だけはそうではなかった。
「朝廷御処置聊謗詞に似寄候儀も有之……」
朝廷から右の御沙汰書が下ったことを知ったとき、来原は愕然とした。
上は天子の御不快を蒙り、藩公にまであやうく勅勘がおよぶところであった。実際のところは単に藩内の攘夷派による長井追い落としが成功したというだけで、そうおおげさなものではないのだが、体裁上はそういうことであった。
来原は、はげしく自責した。
「攘夷は、それはもとより攘夷なのだ」
と、京都藩邸で、彼は桂に言った。
「私も長井殿もそのつもりだ。邦家御大事のこの秋(とき)にあって、攘夷論を奉じない国賊があるものか」
ただ、いますぐ白刃を引っ提げて蛮夷と戦うのか――つまり破約攘夷でいくのか、と、来原は濡れた犬のようにうなだれ、全身をこわばらせて桂に尋ねた。
「御叡旨がそのように渙発せられました以上、御国(藩)もそうあらねばなりますまい」
桂は、そうとしか答えようがない。まさか破約のうえ即今攘夷などできるものではないことを、当然彼は知っていた。このあたりは悲愴であった。来原は、裂けるのではないかとおもわれるほど深く眉根を寄せ、蒼白な顔でいる。
「御両殿様は、何と仰せか」
「御当家は江氏のむかしから朝廷の鴻恩に浴し奉る家、尊皇攘夷はもとより不動の藩是である、と――」
「長井殿の御処置は」
「まだ……。しかし不敬の説をあらかじめ制止しえなかったのは、主人として朝廷に対し奉って恐縮の至りであるとの仰せですから、いずれお役御免の上蟄居の御沙汰にはなろうかと思います」
「そうか……」
今回の紛糾は、政策論ではなく政局論だと桂はみている。藩にとってずいぶん難しいことにはなったが、藩公のいうのもつまりは半ば政局上の方便で、これに対して忠、不忠という節義論を、藩士とはいえ問われる必要はないであろう。誰も口に出してはいわないが、藩公が長井を切り捨てるのも結局のところ変節である。ここは藩士も知らぬふりで変節しておくしかない。
だが、来原はそういう器用な思考のできない男であった。
「自分に切腹の御沙汰を賜りたい」
その歎願書を彼が提出したと聞いたとき、桂は顔を覆って長嘆息した。
(あの人は、これだから)
それが来原の長所だと、桂は知りぬいていた。ときに胸の痛む思いがするほどに、桂もその美質を感じているのだったが、それだけに今の場合は、苦しみがまさった。泣きたいような腹立たしいような思いで、桂は来原の直情さを思った。
(我々は忠義をきそっているのではない)
これはあくまで政治なのだと、来原の一種の頑冥さ(彼は知性的には聡明な男であったが)がやりきれなくもあり、一方で彼のその精神の清澄さになにか自分が責められてでもいるようで、桂はたまらず、歯噛みしてきつく目を閉じた。
(死なれてたまるか)
来原の覚悟は尊いが、それをいちいち認めていては、この情勢のめまぐるしいさなか、何人が詰腹を切ることになるかわかったものではない。そしてだいたいそういう場合、馬鹿は死なずに逸材ばかりが斃れてゆくことになるであろう。
藩庁でも、そう考えたにちがいない。来原の申し出は即時却下された。ひとまず有備館用掛に任ずるということになり、来原はいやがったが、君命だといわれれば抗するすべもなく、謹んでその沙汰を受けた。それで今、彼は江戸で桂と対面しているのである。
(しかし、よほどあぶない)
と桂はみている。
来原のような男がひとたび死ぬと言った場合、容易にそれを諦めるであろうか。果たして道中に、彼は一悶着おこしている。桂は来原の同行者であった佐世からざっとそのあらましを聞いていた。
要するに、攘夷をやるというのである。
藩公の御意志と藩論を読みあやまった自分なればこそ、攘夷の魁となって夷狄を斬りふせねばならない。来原はそう言って、横浜の居留地を襲おうとした。当然、佐世は止めた。
「なぜ止める」
来原は激昂したが、結局佐世が百方説諭して、あきらめさせた。
「俺は、佐世のいうことを聞いたぞ」
と来原が言ったのはそのことである。
「良さん」
と、つとめておだやかに桂は尋ねた。
「なぜ、そんなに急いだのです」
そもそも即今攘夷というのも、朝廷への陳弁のためにそのようにとれる言辞をもちいたというだけで、まだ何をどうするという段階ではない。京から江戸への道中で横浜を襲撃するとは、いくらなんでもおだやかではない。
が、来原は、
「それが当然ではないか」
という。
「国是だと、藩公から仰せがあったのだ。まして天子に誓し奉ったことだ。藩公に勅を違えさせるようなことがあってはならん。藩論をよみ誤った前非のある俺は、なおのことだ」
「でも、佐世の諫止にはしたがったのでしょう」
「奴が道中勝手にことをおこすのはよくないといったのが道理だと思ったからだ。まずは江戸へ着いて、藩邸へ届け出るのが順序というものだ」
「順序といったって……」
焦りすぎている。来原はむしろ重すぎるほどの精神のあつみを湛えている男だったが、それだけに一度肚をくくってしまうと始末におえないところがある。
(久坂らの挙動も影響しているのだろう)
と桂はみている。未遂に終わりはしたが、松門の連中を中心に、長井を暗殺してしまおうという計画があり、いよいよ長井を奸物視する動きはたかまっていた。来原が可愛がった伊藤もそのなかにいた。来原としては、このまま奸物の同類として(誰もそう思ってはいないのだが)逼塞しつづけるのは耐えがたかったであろう。
(だからといって)
桂は泣きだしたいおもいでいる。
「一部の士が藩論を誤解したというのは、それはあくまで藩としての遁辞です」
身も蓋もないことを、桂は言った。
「御叡慮のこともあり、他藩の手前もありますから、それはそういうよりほかにありませんが、しかしほんとうの責任ということでは、これは微妙なところです」
ばかなことを言っていると思う。そのくらいのことは来原も承知しているはずではないか。万承知したうえで、それでも政治的な寝業をやれないのが来原という男なのである。そういう男をもちあつかいかねて、桂はつい、無用のことばを弄している。
来原は微笑した。
「とすれば、長井殿の罪は何なのだ」
「京へ上呈した建白書には、朝廷を――」
「尊皇の道理が説かれていなかった、というのだろう。それはゆゆしきことにはちがいないが、長井の説の要諦はそこではないではないか」
「ですから、そこが」
政治なのです、という権謀的なことばはさすがにいいかねて、桂は口をつぐんだ。そして、無数の言い訳を舌の奥でにがく転がしたのち、
「時勢です」
と、ひとこと言った。
「時勢なのです。なにもかも」
「時勢――」
来原はなにかふしぎなものにでも出くわした子供のような、きょとんとした顔をした。
「時勢に仕えているのか、我々は」
「―――――――…………」
桂はいうべき言葉をうしなった。
時が利せずともただ正道を践み、義をおこなうために我々は命を賭しているし、非命に斃れた者たちもそうだったのではないか。時勢に阿ることをもって最上の策とするならば、志は一体どこにあるのか――。来原はそう言っているのである。純粋に理非をいうなら、来原が正しいであろう。桂はその正しさに、黙って鞭打たれねばならなかった。
と、
「いや、」
来原は桂の沈黙の前に首を振った。
「いいんだ。わかっている」
おだやかな目に見つめられて、桂は視線をそらした。来原の表情が、さびしすぎたのである。それでも、なおもそのやさしげな瞳が、自分に向けられているのがわかる。
「俺は、お前が間違っているとは思わない。お前はそれでいい。しかし俺は俺で、これはもう枉げられん。どうもお互い性分だから仕方ない」
「性分……」
桂は眉をひそめた。そんなぞんざいな片付けかたがあるだろうか。自分は国事を論じているのだ。そして口にだしてはいわないが、それ以上に生死の問題を語っているつもりであった。それは来原の生死であるとともに、桂自身の生き死にのことだった。理屈ではなく、彼はそう思っている。
(「性分」で男子が身を処していいものか)
というよりも、性分ごときを理由に、自分と彼は道を違えねばならないのだろうか。
恨めしげに目をあげると、来原はやはり笑っている。
「まあ、性分というよりも、つまりは俺は不具なのだ」
だから仕方がないと思ってくれ――。来原の笑いは澄みきって、ちょうど萩の指月山の上にひろがる空に似ていた。晴ればれと静かであるのに、どう押しても突いても破りようがないところまで、よく似ていた。桂は唇を噛みしめ、目をふせた。
「小五郎」
やさしい声が彼を呼んだ。
「お前は、迷うな。俺はお前のようにはできぬが、しかし藩を善導し藩公をお守りし、天下に正道をひろめうるのはお前だと思っている」
「それは――」
桂は顔を蒼ざめさせた。
「あんまり勝手じゃありませんか」
自分のいうことは聞いてくれないくせに、その自分には今のままであれ、迷うな、と言う。子供のようなわがままだと思った。
桂にしたところで、何も好きこのんで寝業と腹芸の政略に明け暮れているのではない。しかし、もうたくさんだ、と言ってしまえばすべてが瓦解する。そう思ってどうにか踏みこたえているが、泣き言をいいたいときもある。血気の若い連中に言えばまったく予期しない反作用がありそうで、だから結局はあぶなげのない年長者――周布や山田といった――にそれをこぼすことになるのだが、桂としては来原も、そういう年長者のひとりであってほしかった。少年の日、見あげるように逞しく、軍談にでてくる英雄豪傑のようにおもえたこの先輩の、なにか手の届かなさそうなほどに雄偉なおもかげを、桂はいつまでも、自分のなかにあざやかにとどめておきたかった。その来原から、俺はだめだが仕方ない、お前に任せるなどといわれることは、彼にとってふと今座っている自分の足が消えうせたかと思うほどに、不安でぞっとすることだった。
(俺も、勝手なのだろうか)
結局、桂はそう自省してしまう。彼はかならずしも自覚しないが、この、ときに無用なほどの思考のゆとりと自己抑制の強さが、いつも最後のところで彼に矯激なことばをいわせない。
「勝手さ」
来原の半身に、じわりと輪郭の曖昧な影が落ちている。障子の隙間から、初秋の夕空がこぼれている。その茜色の影をたっぷりとうけて、来原は透きとおるように笑った。
「俺は元来が勝手者さ。これを矯めようとずいぶん苦心したこともあったが、その必要もなくなった」
「なぜです」
「お前が、いるじゃあないか」
お前がそうして踏ん張ってくれているかぎり、俺が勝手を通しても大丈夫だろうよ。
冗談でいっているのではないと訴えるように、来原はその瞳に深い潤みを湛えて、桂を見据える。ばかな、と桂はそっぽをむいた。
「あなたは勝手です」
「だからそう言ってるんだ。お前がいるかぎり、俺は勝手でいられる。お前の迷わぬことを信じるから、俺は俺で、やっぱり迷わぬ。お前は怒るだろうが、ただお前の揺がずあることが、俺にこうして両足で地面を踏ませているんだ。だからこれからも、どうかお前だけは迷うな」
「怒る怒らないの話じゃありません。あなたは酷い」
女のようだと思いながら、つい声が上ずった。しかし来原だとて、さっぱりしたようなことを言いながら、その実駄々っ子とかわらないではないか。
「小五郎」
もう一度呼ばれても、桂はもう来原を見なかった。見れば、とらわれてしまう。来原はおだやかに話しているが、その声の響きのかすかな悲痛さを、桂は感じとっていた。今その目に見つめられれば、自分は諾(うん)といってしまうかもしれない。
桂は口をひきむすび、不機嫌な顔で畳のへりを睨んでいた。
「お前だけは」
と、来原の声が動いた。
「祝福してくれ。俺の勝手を――」
背中に腕がまわされ、分厚い胸のなかに強く抱きとめられた。あっと思ったときには、来原はもう離れていた。
衣ずれの音が脇をすり抜け、それから眩しいばかりの茜色が部屋の中へ溢れた。障子をあけて出た来原の背の向こうに、蜻蛉の舞う江戸の秋が見えた。来原はそのまま後ろ手に障子をたてきり、大きな影になり、やがてただの足音になって廊下を遠ざかっていった。桂は、だまって視界の端にそれを見送った。
が、
「あなたにそんな勝手はゆるさない」
来原の去った方をぐっとねめつけて呟いた。強い口調で言ったつもりだったが、その声は障子紙から滲む夕日の上を肌寒く滑って消えた。
冷えはじめた畳の上に、一人になった桂の影が長く伸びていた。彼はとうに去った来原の姿を茜色の光のなかに映し見て、端然と座ったまま、身じろぎもしなかった。
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毎度ヤマもオチも意味もなくてすみません。
今回よしすけ君の扱いがあんまりよくない感じなのですが、
彼の立場やら思想やらにあまり深くかかずらっていると
話が錯綜しすぎてしまうかと、そのあたりばっさり切り捨てた結果
こういうことになったのでした。。。
実際はよしすけ君も「即今攘夷はねーわ」と言ってますし、
若いけれども複雑に物を考えられる人ですよね。
ただ断然桂さんのほうが立場的には複雑だったというだけで(笑)。
私個人としては長井氏も玄瑞和尚もすんすけも好きです。
とかなんとか言い訳しないと短編ひとつ載せられない小心者です。
そして今回の話のあとはご承知のとおりの鬱展開ですが、
そのへんは私が鬱になるのでまず書かないと思います。
もうね、来原さんの抱擁は鬱展開の前の一瞬のきらめき的なアレですね。
やったねたえちゃんみたいなね(全然違う)。
[19回]
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