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【2026/04/05 06:14 】 |
来原・桂
来原様のナイスガイっぷりをなんとか表現したかったのですが
挫折しました。

来原様といえば、俊輔が「寒い」と口にしたのに対して
「言えば寒くなくなるものでなし、要らんことぬかすな」的な
叱責をくれた話を近頃よく思い浮かべるのですが、
言ってどうなるとかそういうの以前にあれですよ、
氷点下5度以上での「寒い」は甘えですよ来原様。
「口にしたところでどうにもならないだろ!」な一種の絶望感を
味わう寒さは、まあいいとこ20度くらいからでしょうよ来原様。
最近職場のドアが壊れて外気が吹き込んできやがるんですけど
どうしたらいいですか来原様。

ところで「来原様のがあらゆる面で数段上だったわー」
な伊藤発言に臍を曲げたとされている木戸さんですが、
これが「お前にあの人の何がわかるんだよ俺なんか義兄なんだかんな!」
な、ちょっと複雑な嫉妬だったら萌える。
ていうか俊輔の断片的な木戸さん評って、意図のよくわからないものが多いですよね。
なんか色々めんどくさい関係ではあったんだろうなーということで、
それはそれでまたいいんですが(笑)。


以下、よみものでございます。

『その門出』
 あのとき、すさまじい怒声とともに藪から飛び出てきた男の、仁王のような形相を、今に忘れない。
 途端に蒼惶と逃げ散った男たちのあとに残されて、彼はひどく恐ろしかった。まだ子供だった彼の目には、現れた男の姿はいかにも大きくいかつく、ひょっとすると自分は叩き殺されるのではないかと思った。男は無論両刀を帯びていたが、その刃よりも、むしろ男の肉体そのものが凶器であるような気がした。
 彼は腰を抜かしたままじりじりと後ずさりした。男の憤怒の表情は、自分の不潔を責めているのだと思った。夕闇のなかでぎらりと光る両眼がこわかった。
 「なぜ逃げる」
 男の丸太のような腕につかまれたとき、返事もできなかった。男が射竦めるような眼で彼の顔をのぞきこむ。もうだめだと思った。
 が、
 「大丈夫か」
 ゆっくりと問いかけてきた、その声の意外なやさしさに彼はとまどった。
 (だいじょうぶ……か……)
 胸のうちでその言葉を反芻して、彼はそこではじめて夢から醒めたように、自分の口を手で覆った。頬に爪が喰い込む。そうしていないと悲鳴を上げてしまいそうだった。頭が、割れてしまうかもしれない。
 今までの、自分がうけた屈辱。抵抗できないばかりにただ堪え忍び、苦痛を苦痛と思うことも忘れた日々。いつしか馴れ、その汚辱の日常に泥んでいた自分。
 「私、私は……――」
 「大丈夫だ」
 男は、今度は断定的に言った。肩を強くつかまれ、二、三度叩かれる。
 「もう心配ない、大丈夫だ」
 その意味もわからないまま、彼は眼を見ひらいて荒い呼吸を繰り返し――息を逃がせば頭が割れないだろうと思った――冷たい汗を流しながら、絶叫したい衝動を耐えていた。
 
 
 本陣に張りめぐらされた幔幕の黒はあくまで深く、白く染め抜いた定紋の映えもあざやかであった。正月のことで、真新しいのに張り替えたのだろう。翡翠をはめたような色の空は、きんと音のしそうなほどの寒気に冴えわたり、そのなかにぴんと張りつめた一文字三つ星の意匠は、いかにも質朴を尚ぶ御家柄らしく、簡勁で美しいものと桂は見た。
 黒船騒ぎ以来、浦賀にほど近いここ宮田に設けられた本陣には、常時警護の士が宛てられ、彼等の操練の掛声や馬の嘶きで非常時の雰囲気を濃くしていた。が、それも今はひっそりと鳴りやんで、初春の駘蕩のなかにあった。
桂は、本陣の宿舎の玄関で草鞋を解いていた。同藩のよしみで、取次に姓名を名乗り、形ばかり名刺を出して来原氏は在室かと尋ねると、すぐにのみこんで奥へ引っ込んだ。桂はあとはそのままあがるつもりで、草鞋を脱ぎにかかったのである。
と、奥からどやどやと聞き覚えのある足音が響いてきた。
(相変わらず騒々しい男だ)
桂にはその相変わらずぶりが嬉しい。来原良蔵は決して軽操な男ではないが、その精神の彫琢ぐあいがいかにも豪宕で、ために挙措に独特の激しさがある。桂などはこの男から、軟弱だといわれて何度叱られたかわからないが、そういう一種の教育癖にもこの男らしいふしぎな愛嬌があって、桂はそれを可笑しく思っても、腹を立てたことは一度もない。
「いや、おうおう」
それが挨拶のつもりなのか、なにやらおかしな掛声とともに来原がやってきたので、桂は脇に転がしていた笠を抱え、手をとめて立ち上がった。
「これは、御一別以来」
と軽く会釈したところ、
「御無沙汰の罪、まことに――」
来原が上がり框にがばりと平伏したので、桂はあわてた。
 
「おどかさないでくださいよ」
奥に通された桂は、今は手甲脚絆も解き、くつろいで来原から盃を受けた。
「誰もおどかしちゃおらん。ごく尋常の挨拶をしたまでではないか」
と、来原はあくまで真面目である。
大体、この室に入ったときも、はじめ来原は桂を上座に据え、自ら座蒲団まで差し出したので、桂は心臓が縮む思いをした。
「御用が忙しくて私の顔をお忘れなのかと思いましたよ」
「義兄上の顔を忘れるやつがあるか」
「もう勘弁してくださいそれは」
去年の秋、来原は桂の妹・治子を娶った。来原は二十八、それも晩いが、治子も十九になっていたから、やはり早いほうではない。両親も腹のちがう姉たちもすでに亡く、ただ一人の肉親となった治子の嫁(かたづ)け先を、桂も気にかけていなかったわけではないのだが、公務多端ではあり、かつ五つ離れた兄の自分にしてみれば、何やら妹はいつまでも子供のような気がして、つい世話人を頼むこともせず、
(まあいずれ)
と軽く考えたまま、家の用事と兄の心配とに、彼女の娘時代を浪費させてしまっていたのだった。
 
「そなたの妹御はいくつになったか」
と、国元の土屋矢之助から手紙が来たのは、去年の夏のおわりであっただろうか。
土屋は号を蕭海といい、碩学で知られていた。藩世子の侍読をつとめ、桂も少年時代、この人から漢学の手ほどきをうけた。
その土屋が、治子の歳はいくつかという。
(はて)
桂は手紙から目をあげ、首をかしげた。
(あれは、戌だから)
指を折ってみて、ははあ、はや十九か、と、迂闊にもそこではじめて土屋の質問の意図に気がついた。
「先日御尊家の御門前にて、ゆくりなくも妹御にお会いした」
と、土屋の手紙はいう。
「憚りながら、臈たけた、まことに聡明な婦人におなりだ。さりながら、これは私ごときが口を容れる筋合ではないが、妹御はいずれへ嫁されることになっておいでか。もしおきまりでないとすれば……」
このままうっちゃっておくのは気の毒ではないか、と土屋は暗に言っている。
「まことに要らざることを申候様而、恐惶之仕儀に御座候得共、私一存にては来原良蔵は志操堅固にして識見亦可見ものあり、大兄とも御昵懇の間柄なれば至て宜敷御縁組と被相成候半歟と愚考仕候。なほ来原兄に於ても、」
――桂さえ承知してくれるのでしたら。
自分はかまわない、むしろ喜んでお受けしたいと、来原は言ったという。
(治子が来原へ嫁ぐのか)
桂は手紙を置き、しばしまばたきもせずにそのことを思った。
子供のつもりでいた妹だが、たしかにもう十九では、いま片付けなければ本人にも気の毒なことである。しかし、あれが嫁ぐか。そういう兄としてのおどろきとともに、一点、古傷に指を入れるような鈍い痛みがある。が、すぐに自分でそれを叱った。
(いい話ではないか)
土屋へは、すぐに返書をしたためた。至らない妹ですが、来原氏に貰っていただければ何よりです。委細宜しく願い上げます――。ついでに、治子へも書いた。
「私におゐては実によき事とぞんじ参らせ候。人物至而宜敷く御上の御用にも相立候……」
手許が少し暗く、桂は灯を入れようとしたが、ふと思い立って障子を開け放った。青白い月が、縁先からさらさらとこぼれてくる。
「よかったじゃないか」
月の下でつぶやいた。
(幸せになれ)
庭の暗がりに、梔子の花が白く浮かんでいる。その小さな輪郭に、妹の幼い日の面影がぼうっと霞んでかさなった。おまえはずいぶん大きくなったのだな、と、桂はそっと、花に微笑みかけた。温かな、しかしどこか厳粛な微笑みであった。祝福以外の感情――寂しさも悲哀も、ひとひらたりとも自分にゆるすまいとするように――。
 
「婚儀は、滞りなく?」
と、宮田本陣宿舎の奥座敷で、桂は尋ねた。彼はずっと江戸にいたから、土屋から縁談がもちこまれてこの方、その処置は実家と土屋たちにまかせきりで、妹の花嫁姿も見ていない。来原に会うのさえ、およそ一年ぶりだった。今度来原が浦賀の警衛を仰せつかって国元から出てきたので、桂は江戸から訪ねてきたのである。
「皆が良いようにしてくれた」
と、来原は言葉少なに答えた。それからまた畏まって挨拶に及ぼうとするので、桂は再び汗をかきながらそれをとめねばならなかった。
「何の不都合がある」
と来原は不服そうである。
「年少とはいえ今はおまえが兄だ。こちらは婚儀の前から今にいたるまで何の挨拶もしていないんだから、今日くらいは上長に礼をつくさんでどうする」
「冗談じゃありませんよ。酒がまずくなる」
「俺が畏まると酒がまずいのか」
「それはもう」
桂が真顔で答えると、こいつ、と来原は笑った。
「おまえのことを心配していた。くれぐれもよろしくと言われたよ。ああ、暑くても寝るときに腹は冷やすなとさ」
誰から、とはいわない。この男なりに照れているのだろう。桂の寝冷えの心配をするなど、治子しかいない。
「あいつはまた小姑みたいに」
桂は苦笑し、それからあらたまって来原にむきなおった。
「良さんに縁づいたこと、あれには過ぎた幸運です。何卒、末永く」
「おまえが花嫁のような挨拶じゃないか」
来原は笑って桂の背を叩いた。その快闊さがひどく眩しくて、桂はそっと目をふせた。
「あれは十一で母親を亡くしたもので、世間並みの躾もできていません。武家の風も知らずに育って、随分不体裁なことも多いと思いますが……今まで甘やかしてきた私がいうのも何ですが、どうぞお見捨て置きなく、存分に叱ってやってください」
「なんの、何が不体裁なものか。俺のほうこそいい年をして厄介になって、半人前だ」
「ばかなことを……」
はっとして、桂は首をふった。来原は、治子ともども和田の家に住んでいる。彼はそのことを言っていた。
和田の家は和田の家で、桂の義兄とその三人目の妻、義兄と先妻の間の子や、いまの妻の腹から出た子がひとつ屋根の下、まるで行李にでたらめに道具を詰め込んだように、他人同士ごちゃごちゃと棲んでいる。そのなかへ、来原がわざわざ肩身の狭い思いをして入っているのは、彼に一家をかまえるだけの才分がないというのではなかった。
ただ、彼にその自由がなかった。彼は来原家の養嗣子であった。娶れば当然その妻とともに来原の家へ住むべきはずであったが、それが難しかった。彼は養父に疎まれていたのである。養父――血縁上は彼の伯父だが――ははじめ、自分に男子のないのを苦にして良蔵をもらいうけた。ところが良蔵を嫡男に指名してしまったあとで、後妻に男子が生まれたのである。こうなると良蔵は邪魔者であった。しかし正当な理由もなく廃嫡するわけにもいかず、ただごく冷淡な態度をもって、来原の父はこの養嗣子を暗に擯斥しつづけたのである。
このことについて、良蔵は不平らしい態度をおくびにもださず、養父にはひたすら孝養をつくしていた。彼がつらいのは、養父の変心の理不尽さではなく、自分の孝のこころが通じないことである。彼はそれを自分の不徳とおもい、心底愧じていた。来原は、そういう男であった。
(没義道ななさりようだ)
桂は、来原が何もいわない以上、彼もそれを口に出したことはないが、来原の養父のこの仕打ちをひそかに憤っていた。だから、来原と治子との婚姻がきまったとき、
――失礼ながら、お宅は少々手狭ではありませんか。
と理由をかまえて、来原を自分の実家へ住まわせたのである。来原はいかにも屈託なくこれを喜んでみせたが、その実、桂の底意を覚らない彼ではあるまい。
来原に恥をかかせてはならないと、桂はかたくきめていた。それだけに、居候のような今の暮らしを「半人前だ」と来原にいわせたことが、桂にはたまらなく悲痛におもえたのである。
「つまらんことを言ったな」
沈黙のあと、来原がぽつりとつぶやき、それからいかにも自分は酔ったぞというふうに、反り返って哄笑した。ああ、と桂は喉奥にじくりと灼け刺さるものを感じる。
来原の養父が、この男を粗放だと陰口しているという。もしそれが養父の本心とすれば、養父のほうこそよほど頭の中身が粗漏であろう。来原の、この息苦しくなるほどの質量をたたえたやさしさがわからぬようでは、養父の老先もろくなことがあるまい。しかし当の来原がいつでも養父の健康と養家の清寧をねがっていることを思うと、桂はその悲憤すらぐっと嚥みくだして、来原とともに笑うほかない。
「松陰先生は」
と、彼はそこで話頭を転じた。
「どうしておられます」
すると来原はぱっと目をかがやかせて、「おう、それよ」とこたえた。
「達者でいる。近頃ますます塾のほうに熱中しているらしい。寅次郎がああだから、塾生も毛色のかわったのが大勢あつまって、いやはや、壮んなものだ」
「それはよかった」
桂はほっとした。実のところ松陰のようすなどは大方知っているのだが、来原がこの話題を喜んだのがうれしかったのである。
「御不自由はしておられないでしょうか」
「なに、蟄居といったって形ばかりだからな。第一あいつはとうに取られているべき命をひょっこり拾って生きているんだ。大抵のことには音をあげまいよ」
「ひょっこりね」
思わず苦笑する。一昨年の春、いわゆる下田踏海に罪を得た松陰吉田寅次郎は、いま萩の実家で一応は謹慎中の身となり、近所の子弟を相手に漢籍の講義をしていた。もっとも、字義を逐うだけの講義などは腐儒のすることだというのが持論の男で、孟子を読んでも武教全書をやらせても、その講義は実践理論に富んだかなり鋭い――あくのつよいものであるという。
「いかにも豪気だ。あいつらしくていい」
という来原は、松陰が密航するといいだしたとき、大いにやれとけしかけた。桂も計画を洩らされて賛成はしたが、来原のように、
「もしこの挙に死すとも男子の本懐だ。往け。往って死ね」
などとはさすがにいわなかった。松陰も松陰で、どこかで先を危ぶむ気味のある桂よりも、来原の言のほうをよろこんだ。計画は破れても松陰が死ななくてよかったと心底桂は思っているが、その実、この二人の勁烈なさわやかさには、ひそかなあこがれをもっていた。
「近頃じゃ塾でも、よろしく夷狄を識れ、ためには海を越ゆべしと吼えているらしい」
「あぶないなあ」
「もともとあぶなっかしい男なんだよあれは」
「とめないんですか」
「言って聞くタマか」
「そりゃそうですが」
意外の措置で命を助けられたのに、またぞろ幕法を犯すようなことを昂然と述べ立てていては、今度こそいつ首をはねられるかわかったものではない。すこし控えるように忠告してやったらどうかと思うのだが、来原は平然と「それでいい、死ね」という。すがすがしくもあり、うらめしくもある。
(もしも――)
もしも自分が松陰のような壮挙を思い立ったとして、そのとき来原はこの自分に「死ね」というだろうか。
「俺やおまえももう少し遅く生まれていたらなあ」
ううん、と来原は大きく伸びをした。
「遅く、生まれていたら?」
「寅次郎の弟子になれば面白かったろう」
桂は笑った。
「今からでもなればいいじゃないですか」
「年を食いすぎている。年をとるというのはおまえ、悲しいことだぞ。お前も俺も、御用で身動きできないじゃないか。お役目を捨てて罪人の弟子になるなんて言った日には、藩庁が腰を抜かすだろう」
その点若い連中は身軽でいい、いい家の息子でも、そこは多少無理がきく。来原は腕組みして、ひとりで頷いている。高杉か誰かのことを言っているのだろう。
「それが、良さんは惜しいわけですか」
「惜しい。大いに惜しい。俺は自分が損をつかまされたとか、女みたような愚痴をいうのは嫌いだが、こればかりは大いに損だ」
どうだ、おまえはそうじゃないのかと来原が詰め寄る。桂は盃を置き、睫毛をふせて、
「そうですねえ……」
と首をかしげた。
「藩校をきらってわざわざ松陰先生のところへ通う者があると聞いていますが」
「それはもっともなことだ。藩校で固陋の老人の講義を聴くより、寅次郎に習ったほうがどれだけためになるかしれない」
「講義は、それはそうかもわかりませんが」
「わからないが、なんだ」
「私は藩校がすきだったな」
桂がそういうと、来原がぎょっと目をむいたのがわかった。
「どうしてそんな顔をするんです」
「いや……」
「それは、いろいろありましたがね。それでも私は」
「小五郎」
「あの頃があったから、今こうしているんですよ」
「もうよせ小五郎」
「いわせてくれないんですか」
「俺が言ったのは松陰のことだ。お前のは話がずれている」
「ずれている……」
なるほど、と桂は頷いた。そう、ずれているんです。私はこのこととなると、どうも自分の平衡をうしなうようなんです。ぐらぐらとずれていって、でもかならず戻ってくるんですよ。戻ってきて、それでむしろ私の重心は、前よりたしかになった。そのことの、いわばこの記憶は記念なんです。
「私は、あなたに救われた」
「それはもういいんだ」
来原は桂から目をそらし、眉根にくるしげな皺を寄せた。
なぜ自分はこの男にこんな顔をさせねばならないのだろう。自分の妹を娶ったばかりの男に、いわなくてもいいことばかりだった。しかし、桂は言いたかった。言ってみて、怒鳴りつけられてもいい、ただ自分はこの男に問うてみたかった。江戸から出て来たときにはそんなつもりはまったくなかったのだが、一年ぶりに、今度はあらたに義兄弟として相対してみて、すると体のうちを絞られるように、急にそんな感情が募ってきた。
(ふざけている)
治子を子供のようだといいながら、自分のこの欲望のほうが、よほど子供じみて身勝手だと彼は思った。思って、しかし、彼は自分の衝動をとめようとはしなかった。
「どうしてです」
「昔の話だ」
「昔の話だからするんですよ。まさか私が今も傷ついているとでも思ってるんですか」
「どっちでもいいことだ。俺は忘れたと言っている」
来原は唇を噛み締めた。怒りに似たその表情は、しかし、怒りではないことを桂は知っている。怒りでないそれには、もはや向かっていくすべはないということも。
「いわせては、くれないんですね」
庭に面した障子に、戸外の青が映っている。遠くに鳶の啼く声が聞こえた。その澄んだするどい音が、自分の胸を真っ直ぐに貫いて、高く高く伸びて消えてゆくような気がした。
桂は無限の憂いとためらいを睫毛のあいだにそよがせ、その影のおちかかる眸の中心に、ひたと来原の姿を据えた。
「いくら私の口を塞いだところで、あなたはその遠い昔に知ったはずです。私は――体が大きくなって、多少口が達者になったって、結局私は私ですよ。何もかも、あのときのままだ。消せはしません」
来原はやはり怒ったような顔で桂を見つめている。その無骨なやさしさが、びりびりと膚に沁みるようで、どうにかそれをやりすごすために、桂は笑った。
「そういう私の縁者で、あなたはそれでいいんですか」
しゅ、と来原の膝からかすかな衣擦れの音がした。彼はその大きな拳を、いくぶんふるわせながら強く握っている。ぎろりと重く、ぶあつい視線が桂の体を貫いた。ああ、と崩折れようとする前に、来原が言った。
「当たり前だ」
割れるほどの大声だった。しかし昂奮の色はどこにもなく、言い切ったあとの来原は、むしろ水のようにやわらかで、しずかだった。
桂は、われしらず肩で息をしていた。来原の大音声の衝撃がすぎていったあと、ようやく彼が何を言ったのか理解した桂は、
「ありがとう、良さん」
自分のその過去のために、彼ははじめて涙を流した。
 
その夜、桂は来原と枕を並べて寝た。
深更をすぎてもなかなか寝つかれなかったが、彼はつとめて無心らしく振舞い、寝たふりをした。ときどき薄目をあけて横の来原を窺った。来原も、あるいは眠っていないのではないかと思った。しかし彼は一度もそれを問いかけなかった。来原も、黙って目をとじたままだった。
(治子が待ちわびているだろう)
御用で出た以上、来原の帰萩はいつとは定められていない。国事多難の折柄、あるいは長い滞在になるであろう。留守を守って、決して睦まじくはない嫂たちに仕えるのは骨の折れることだろうが、それでも兄以外の誰かの帰りを待つことを知ったのは、治子のために良かったであろう。
(こっちは手持ち無沙汰になってしまったな)
桂は来原に聞かれないよう、ゆるゆると溜息をつきながら苦笑する。
正月に家を空けている年、いつもならば年頭の挨拶ついでに義兄たちに土産を贈り、治子にもなにがしか買ってやっていた。女の好みは女に聞くのがよかろうと、「やっぱり櫛でいいんだろうな、妹なんだが」と言ってみたら、「ええ、ええ、妹さんね、まあ憎らしい」と、銚子をさしていた繊い指につねられたのは、あれは向島だったか、どこだったか。が、今年からはもう、そんなこともあるまい。
(あれはいい男に嫁いだ)
この初春の夜気のように、冴え冴えとしたさびしさのなかで、彼はそう思った。ふしぎな安堵と、妙に快い虚脱感があった。
(これで、一人前だ)
それは所帯をもった来原でも、嫁した治子のことでもなかった。これでようやく自分は、自分ひとりの手に自分を抱えて生きていくのだと思った。
「ありがとう、良さん」
もう一度、隣の寝姿にむけて言った。返事はなかった。
 
あの日――少年の夏の日、桂は藩校の裏手の草の上から、来原を見上げていた。
顔はぼんやりと見知っていたその人と、しかし口をきくのははじめてであった。そのときの桂は、よりによってたちのよくない年長の少年たちに囲まれている最中だった。来原の一喝が、かれらを逐いはらった。
桂はこめかみに血管を浮き上がらせた来原の憤怒の相と、男たちが逃げ散った方角とを見くらべながら、恐怖で唇をわななかせていた。殺される、と思った。聖賢の訓えを学ぶ藩校のそのすぐ裏手で、いうべからざる不道徳におよんだ自分は、このおそろしい、阿修羅か何かの化身に罰せられるのであろう。
命乞いをしようとは思わなかった。逃げた連中のことも、もういい。自分に罰がくだるのは当然だと思った。いつも渋々らしい顔をしながら、破倫のちからの前に膝を屈し、それどころかいつしかそれを愉しむようになった自分こそ、もっとも罪が重いであろう。だから殺されても仕方がないのだと思うのに、体の慄えがとまらなかった。来原が恐かった。来原の、自分を見る眼――あの男たちとはちがう、得体のしれない力のこもったまなざしが恐かった。その眼に見つめられて「もう大丈夫だ」と言われたとき、桂は愕きと羞恥と悔恨と、その他なんともいえない感情の奔騰で、ほとんど絶え入りそうになった。
来原は桂に何も訊かなかった。ただ桂のようすが落ち着くまで傍にいただけで、あとは何もいわなかった。二度とそのことに触れもしなかった。そうしてその後は時折本を貸してくれたり、学課の温習や、撃剣の構えを見てくれたりした。淡あわとしたふれあいのなかに、日々はすぎていった。
あの日の男たち――かれらもこどもなのだが、年少の桂には大人の男のように見えた――は、来原が何を言ったものか、事件以来ぱったりと近づいてこなくなった。たまに顔をあわせても妙に青い顔をして、目をそらしたり、あるいはへどもどと挨拶してゆきすぎた。
忘れろと、来原は無言のうちに言ってくれていたのだろう。
桂も、男たちのことはじきに忘れた。来原に対しても、あの出会いの日の記憶は匂わすまいとつとめた。けれども、あの日夕闇のなかで見上げた来原の恐ろしい顔、自分の裸の肩を叩いた手の大きさを、彼は忘れることができなかった。自分がちぎれて砕けるかと思ったあのとき、その悲惨な大恐慌のなかで、ただ来原の手だけがあたたかだった。そのことは恩義である以上に、彼にとって甘美な思い出だった。
(それも、今日までのことだ)
と、桂は目をとじた。
彼は少年のあの日を忘れることはない。ないけれども、しかし、治子との婚姻後の来原に、彼は今日はじめて義兄として会った。かれらはもう、あらたに出発してしまった。
(おわったのだ)
と思った。永かったあの夏の日が、今日ようやく暮れた。あの日の草いきれのにおいを鼻腔の奥に呼びさまし、そっと吸い込むと、桂はそれを永訣の挨拶に、あとはあわいまどろみのなかにおちていった。
夜が、彼に微笑んでいた。しあわせな夢の中で、彼自身も知らないうちに、その幸福の余滴が枕を濡らした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

土屋先生のおてまみは私の捏造です。
このときの土屋→桂書簡て残ってるんでしょうか。 
木戸関係文書が手元にも近くの図書館にもないからわからなくて
適当にこさえときましたすみません

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【2012/01/28 14:44 】 | よみもの
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