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【2026/04/05 06:17 】 |
井上×木戸
以前の「大久保さんとのソレコレを勝手に語りだす木戸さんと聞かされる聞多」
の続きです。
よいこは寝る時間ですよ、な展開です。
というかそれしかありません。
でもってわりと聞多がひどいです。

どうでもいいですが男の人の一人称が安定しないのにけっこう萌えます。
ずっと「僕」で話してた人がふと「俺」と言ったり、
仲間内なのに突然「私」になっちゃったりするような。
そういう私の趣味が反映された結果、木戸さんは「私」だったり
「俺」だったりします。どういうときにどっちとか、
特に考えているわけではないんですけども。
……なんだ結局テキトーなだけじゃん。

以下、よみものでございます。


『箱庭に見る夢』
 こちらへ歩みよりながら、木戸は羽織を脱いだ。彼の落ち着いたたたずまいによく似合う、錆納戸色の羽二重。それを片手で横ざまに抛り捨てる。羽織はぶわと宙を舞って、さきほどまで木戸が書類を検めていた机の上に落ちた。後れ毛をわずかにそよがせながら、木戸は心もち眉を寄せ、羽織のおこした風の下をくぐった。そういう仕草の絵になる男だった。が、決して気障ったらしくはない。
 気障であるはずがなかった。
 彼はこれから彼の執務室で、男に抱かれようとしている。脅しても賺してもいないのに、誘えば簡単に木戸はこの腕の中に落ちる。初めて肌を合わせたときからそうだった。彼はどこまでも温順で慾にだらしがなくて、そのくせひどく潔癖で、手強い。
 そういう彼の、自分は何番目の男なのだろうか。そしてこの先、さらに何人があとに続くのだろうか。
 そんなことを考えて、井上は低く唸りながら、天井をあおいだ。その井上の半歩前に立って、木戸は目顔で問いかける。
 なにを尋ねられているのか、井上にはわかっている。互いの熱を煽る以外の――つまり実用的な言葉をなにひとつ必要としないほど、かれらの肌はたがいになれきって、交合するまえからすでに全身が蜜を滴らせそうに、熟れ爛れていた。
 井上はソファの背にふんぞり返って、自分の服の前をくつろげる。金具の音をさせながら、木戸に床を顎でしゃくってみせると、木戸は頷いて素直に膝をつく。
 「音、させろよ」
 木戸は無言で、井上の開いた脚の間に顔を寄せる。下着をずらそうとしていた井上の手をとり、口づけてから脇へよけ、あとは自分の手で井上を露出させる。それだけで木戸の熱は上がっているらしい。すでに勃ち上がりかけた井上のそこが、熱い吐息を感じる。
 片手が井上の太股にかけられ、それを合図に、ぬめった舌に飲み込まれる。根もとのほうをせわしなく掌が上下する。木戸の唾液と、井上の先走りの液とで、そこはひどく滑らかに動いた。時折木戸が強めに吸い上げてくる。井上が指示したとおり、ことさら派手に音を立てながら。
 「いいぜ……このまま一発抜いてくれよ」
 頷いたのか、それともその直截的な表現が官能にこたえたのか、木戸の喉からくぐもった声が洩れた。同時に、更に奥まで飲みこまれる。さすがに苦しいのだろう、木戸は噎せるような声を細切れにあげる。井上は手を伸ばして、木戸の髪に指をさし入れた。すでにそこは汗で湿っている。そのまま髪をつかんで顔を上向かせると、木戸の眼には涙が滲んでいた。おもわず唇がつり上がる。たまらない光景だった。
 木戸はもうずいぶん苦しそうにしているくせに、少しも動きをゆるめなかった。それどころか、どんどん物狂おしく、彼の舌は井上をねぶり、貪る。太股にあてられていた手がするりと滑り落ち、彼の袴の前をまさぐる。彼のしなやかな指は、片手で器用に紐をほどき、袴が落ちて膝のところでいびつな襞をつくった。
 あらわになった帯の下から、木戸は手を入れる。片手と口は井上を味わいながら、もう一方の手で自身を慰めるつもりらしい。
 「見せてみな」
 着物の裾に潜り込んだ手首を、脚でかるくついて井上は言った。木戸は井上を咥えたまま、哀願するような眼をこちらにむける。その間も、彼の唇は上下し、音を立てている。そうして目をあわせたまま、彼の片手は着物から自身を取り出した。それはすでに硬く勃ちあがり、淫猥な期待に濡れて光っていた。
 自分で擦ろうとする木戸の手を、井上はふたたび向こう臑でかるく蹴った。
 「こっちがお留守になってるだろうが」
 髪を引っ張り、さらに自分に尽くすように命じる。木戸は、んん、と喉の奥で切なそうな声をあげた。
 「我慢できねえのかよ」
 肩をそびやかして笑ったが、そう言う井上の息もかなりあがっている。が、太い息をつきながらあくまでその熱をおしとどめ、傲慢にふるまってみせる。
 「靴、」
 爪先を突きだして言うと、木戸の片手がふるえながら踵に添えられ、井上の靴を脱がす。もう片方にも手をかけようとしたのを振り払って、靴下履きになった足で、木戸のそこをぐっと押しつけた。
 「ぅん……ッ」
 悲鳴のような高い声があがる。見ひらいた目からぼろぼろと涙が零れた。へえ、面白え、と、井上はせせら笑った。
 「あんた、こういうのもいいわけだ。今度大久保に教えといてやるよ。それとも、自分でお願いするか?」
 なあ、と言いながら爪先で握りこむように弄ぶ。たまらずすすり泣いている頬を撫でて、その指先だけはひどくやさしく、涙をぬぐってやる。
 「自分だけ悦んでないで、ちゃんとしてくれよ。あんたは大久保とお楽しみだったろうが、俺は溜まってるんだからな」
 無論禁欲生活など送っていたはずもなく、あちらの紅灯、こちらの花と井上も忙しくしていたのだが、この場合それはさして意味をもたない。現に木戸も、恨みがましいような、傷ついたような顔でこちらを見上げている。
 「ほら」
 足の親指で裏筋をなぞってやる。やがて自分の中を犯す男を激しくしゃぶりながら、しゃくり上げるようにして木戸は泣いた。
 どうしても木戸の気が散るのはわかっていたので、井上はそのあたりで悪戯をやめた。
後頭部をつかんで、深く自分のそこへ押しつける。もう何もされていないのに、木戸は体をふるわせながら、喘ぎ喘ぎ、熱に浮かされたように井上を愛した。その音、ぬめり、熱さに井上の意識が次第に白くなる。木戸の舌が巨大な粘膜の褥になって、体ごとそこへ飲み込まれてゆくような感じだった。唇を噛み締め、ぐっととじた瞼の裡に、チカチカと火花が散る。
 「、もう……いい」
 切るように叫んで、井上は木戸を引き剥がした。え、という表情をしたその顔へむけて、今まで咥えられていた部分を突きつける。一度強く扱くと、限界まで張りつめた欲が白く弾けて、勢いよく散った。
 「はあ……っ」
 息のとまりそうな恍惚感のなかで、目もくらみながら、それでも井上の網膜は木戸をしっかりととらえていた。飛び散る井上の慾をまともに顔に受けて、驚いて目を閉じながら、彼にふさわしい粧いにまみれてゆく多淫な情人。
 しかも――……。
 「あ……」
 井上に抛りだされたまま、ぺたりと尻餅をついた格好の木戸は、熱い飛沫に濡れて、体をふるわせていた。井上がすべてを放ったあとで、彼は何をされたかをようやく知ったらしい。どろりと顔の上を流れ落ちる感触にくっと息をつめると、
 「あ、ああ、あ」
 泣きながら吐精した。
 
 「おいおい……」
 井上は自分の息を整えるのもわすれて、木戸の達するさまを、口を半開きにして見ていた。
 「ぶっかけられていくのかあんたは……」
 木戸は溺れた人がようよう川から上がったように、荒く切迫した呼吸を繰り返している。その顔は井上の慾に濡れ、ぬめった飛沫は髪にまでかかっている。垂れ落ちた滴が襟を汚し、さらに下肢は自分の放ったものでどろどろになっていた。その白濁した雄のにおいの上から、頬を伝う涙だけがひどく清冽で、美しかった。もっともそれも、純粋にこの交合が産んだ子にちがいなかったが。
 「立てるか」
 やや木戸の体が落ち着いたころ、井上は言った。吐精の恍惚がまだ去らないらしく、茫然とした顔で木戸は首を横に振った。
 「しょうがねえな」
 今度は立ったまま犯してやろうかと思ったのに。頭のうしろに手をまわし、背もたれの上に片肘をついて言う。木戸はぼんやりと小首をかしげただけで、いいとも悪いともいわない。
 「まあいいさ。面白いことはほかにもあらぁね」
 体のうちで慾が痙攣する、その動きを映したかのように片頬をゆがませると、木戸の瞳がふたたび何かを期待したらしい光に妖しく揺れた。
 
 どうにか尋常に呼吸ができるようになった木戸の腕を、井上は強く引いた。
 「ほら、しゃんとしな」
 向き合って井上の膝を跨ぐ格好で、ソファの上に座らせる。
 「あーあ、ひでえ顔」
 自分で汚しておいて、笑ってやる。ふだんの木戸ならばなにか言い返すだろうが、彼はぼうっと上気した顔で不思議そうに井上を眺めて、それから、言葉のわからぬ異邦人が、意味もしらぬままただこちらの笑いにつりこまれて笑いかえすように、安堵のそれによく似た溜息をひとつ洩らして、人懐こく微笑んだ。
 「俺はともかく、あんたは大久保に可愛がられたわりには、たくさん出たじゃねえか」
 絶頂の迸りでどろりと濡れた内股を撫でてやる。ん、と小さな声が上がった。
 「このへんなんか、上から垂れたのか下から飛んだのか、もうわからねえな」
 つ、と鎖骨のあたりを指でなぞる。そこにも大久保との痴戯の名残がある。爪で掻いてやるとびくりと体をふるわせる。
べったべたになってるな。そう言いながら、まだ生あたたかい液体を大久保の刻印の上にすりつけ、ますます塗り拡げるように肌を弄んだ。
 「おまえの、だろ」
 かすれた声で木戸が言う。彼の手が、井上のふれたあとを追って、液を指にからめている。
 「なんで」
 「おまえに抱かれているかぎり、おまえのものだ。体も。……これも」
 「安女郎みたいな口説き文句を吐くなよ」
 流れ落ちた液体のあとを追って、ぐっと木戸の襟を割る。
 「そんなものが俺のものになったって嬉しかねえよ」
 胸のあたりへ垂れた滴を、下から舐め上げる。木戸が背をしならせて喘いだ。
 「っ……じゃあ、何……」
 「だまってろよ少し」
 目の前に晒された白い喉に噛みつく。粘液に汚れたそこは、生臭い情慾のにおいがした。そのまま唇を異動させて胸板をあじわい、乳首を噛んだ。歯のさきで根もとを苛み、先端を舌で転がしてやると、鼻にかかった声をあげてしがみついてきた。その慾のしるしが、ふたたび硬くなりはじめている。井上も同様で、ようやくもてあましはじめたそこを、木戸のおなじ部分に押しつけると、木戸はびくりと背中を波打たせて、腰を引いた。
 「なんだよ」
 「何って……」
 「いまさら驚くこたねえだろ」
 ほら、と背中を手で支え、乳首を強く吸い上げてやると、井上の頭を両腕にかかえこんだまま、腰だけで木戸は逃げようとする。
 「ふうん……」
 下瞼を紅くして涙ぐんでいる顔を見上げると、井上は目を細めた。
 「前はお気に召しませんか」
 それじゃ仕方ない、とわざとらしく溜息をつくと、すでに大きくはだけていた木戸の着物の裾に手を入れ、そのままぐるりとうしろへまわして裸の尻をつかんだ。ちょうど腰を浮かす格好になっていた木戸の秘所は、井上の指にすぐに探りあてられた。
 「聞、多……」
 何度も井上が、そして先日の大久保や、ひょっとすると彼等も知らない男が慰んできたそこは、男の情火の熱さと硬さを、襞のすみずみまで覚えこんでいるらしい。井上が触れると、火照ったそこははや快楽の予感に潤んで、ほころびはじめていた。
 「そんなにねだりなさんなよ」
 「な、にが……、」
 「とぼけるなって」
 井上は一旦そこから手を離すと、木戸の顎をとらえ、指先で頬を撫でた。木戸の顔には最前の残滓がまだまとわりついている。それをぬるりと絡めとると、濡れた人さし指と中指を、今度はその火照りをたしかめたばかりの秘所へ突き立てた。
 「……は、ああ……っ!」
 木戸が悲鳴をあげる。痛みはないはずだった。体の内の熱が結露したような、湿り気のある声に井上はそれを確信した。
 「ああ、指はそんなに好きじゃなかったな」
 わざと無感動に言うと、木戸の好きな場所をかすめるようにぐるりと一度中で動かして、すぐに抜いてしまった。
 「あ……」
 ぐったりと木戸の体がもたれかかってくる。軽く極まったらしく、鈴口から情痴の唾液がだらしなくこぼれている。
 「聞多……」
 「重たい」
 ちょっともう、下りてくれ。そう言って、力が入らないでいる木戸の体を横へ押しやった。それを酷だと思う意識もすり切れはじめているらしい木戸は、言われるままふらふら井上の太股の上から下りようと膝立ちになったが、体を押された側へ一歩跨ぎこえたところでがくりと腰を落とし、ソファの座面に横向きに転がった。
 「まだ伸びないでくれよ」
 井上は木戸の顔をのぞきこみ、乱れて落ちかかった髪をかき撫でてやる。潤みきった木戸の眼が、かすかな恨みと、切なげな幸福感を訴えてこちらを見返していた。
 「うつぶせが、楽だろ」
 肩をかるく押してうながしてやると、木戸はだまって頷いた。もぞもぞと動いて、素直に体勢をかえたのを確認すると、井上は自分の上着を脱いで床に捨てた。
 
 本当は四つん這いにしてやりたかったが、力の抜けかけている木戸は、腕を張ることができない。ちょうど神がかりになった巫女が地にひれ伏しているような姿勢で、膝を折り、上体をぺたりとソファの座面につけている。
 「それじゃ挿らねえよ」
 井上はうすく笑って、木戸の足首をつかんだ。後ろに引きながら左右に拡げ、脚の間に自分の腿を割り入れる。裾をまくり上げ、腰をとらえて高く上げさせると、背中が弓なりにしなり、そこだけをこちらへ突きだしている格好ができあがった。
 尻に手をやって谷間をぐっと拡げる。そこはさっき塗りつけた液体でぬらぬらと光り、男の侵入を待ってひくついていた。
 すでに木戸の呼吸は短く、浅くなっている。ソファの肘掛けのあたりに置かれた両手が、衝撃を予期してぐっと握りしめられているのが見えた。
 (俺が乱暴にすると思ってやがる)
 それとも、そういうのを期待しているのか。井上は片頬で笑った。そう訊いてやろうかとも思ったが、敢えてだまっていた。
 自身の雄を手で支え、先端を木戸の慾望の淵に押しつける。あまり馴らしていないそこはいつもより固かったが、ぐっと腰全体で押してやると、雨を含んだ粘土が獣の足に穿たれるように、湿った音をたてて綻んだ。
 (きついな)
 と思ったが、それは言わない。
 唇を噛み、歯の隙間から息を逃がして、ゆっくりと突き入れた。粘膜が抵抗し、やがて男の蹂躙に負け、次の襞へ誘う。その一連の動きが、高まった熱で過敏になった先端を通して伝わる。狭い中を無理に押しひろげて貫いてゆく感覚は、身を絞られるような甘苦しい痺れをもたらす。
 「ん、ああ……」
 木戸も苦しいはずだが、悪くはないのだろう。声にしっとりとした媚びがあった。
 いちばん圧迫感をおぼえるであろう部分をおさめきったところで、一度奥への侵入をとめる。そのまま、浅いところでゆっくりと動かしてやる。先端の太い部分がひっかかるように動くと、木戸がすすり泣くような吐息を洩らした。
 木戸の好きな場所はよく知っている。馴れてきたところで少しだけ腰を進めて、先端があたるようにしてやる。それだけで息をつめて、体をふるわせる。これだけの反応がある場所である。ここに、きっと大久保も気がついただろう。むしろ木戸から誘ったかもしれない。
 「そ、こ……」
 陶然とした声で、もっと欲しいとねだる。繰り返し突き、動きを早めて擦ってやると、さらに自分から腰を振り、びくびくと背を波打たせる。達してしまいそうになるのを、井上は巧みにはずした。
 「ん、ん……」
 木戸は不満げに鼻を鳴らすが、すぐにそれが甘い嬌声にかわる。井上はさらに木戸の腰をつかんで引き寄せ、自身を深く突き立てた。木戸の膝が崩れようとするのをゆるさず、きつく腰をとらえて揺さぶる。木戸の腕は自身をささえきれず、その肩はソファに沈み、貫かれた部分だけが井上の慾にこたえ、また自ら激しくもとめていた。
 木戸の中は悦びに濡れ、井上からもぬめった液が漏れている。魚の腸にでも手を入れているように、そこは粘膜そのものの、生々しい、淫らな音を立てていた。
 「聞多……」
 荒い息のあいだから木戸が呼ぶ。幾度か顔をこちらへむけようとしては、快感の走りぬける驚きに阻まれて、がくりと首を折っている。
 「聞多、……もう、……あ」
 井上は答えずに腰を使いつづけた。木戸がどうにか腕を張って上体をこちらへひねろうとするので、反対の手首をつかんで引き上げてやった。思ったような姿勢がとれず、木戸はさびしそうな悲鳴をあげる。
 「も、大丈夫、だか……らぁっ!」
 手をふりほどこうとしたところをいっそう深く貫いてやる。引き抜きながら弱いところをつよく擦ると、ひッと息をのむ声がする。そうしておいてまた違う角度で突き上げる。木戸はなかなか続きが言えない。
 「痛くない……から、」
 (そんなことは知っている)
 と井上は思った。これだけ乱れておいて今さら痛いだとか辛いだとか、あるはずがないではないか。が、木戸はあくまで必死にそれを訴えようとする。
 「だから、前から……が、いい…っ」
 前からしてくれ。そう言ってなおも木戸は体勢をかえようとした。井上はゆるさず、無表情で木戸を揺さぶり続けている。
 「か、顔が見えな……」
 涙声で、切なそうに木戸は言った。ぞくりと肌の粟立つような感覚を、つとめて井上は抑えた。
 (つまらん)
 と思った。
 (われながら、つまらん意地を張ることだ)
 にがい思いで奥歯を噛みしめたことを、木戸は知らないだろう。
 「聞多……」
 弱りきった孤児が、一杯の粥を哀願するような……――。そういうことを、木戸にさせたいわけではなかったが。しかしそうだとすれば、あと一体この自分はどうすればいいのか。今、ほかにどうしてこの男を抱けるのか。
 「なにか、言ってくれないか」
 思いどおりの陥穽へ、木戸は落ちてきた。
 「聞多、なにか……」
 (ばかばかしい)
 井上は一度目を閉じ、顔をそむけた。木戸がきっとそう言うであろうことは予期していた。
達成感も何もないのに、それでも井上は、企んだとおりのことを言う。
 「顔だの声だのたしかめなけりゃ、誰に抱かれてるかもわからないのか」
 「わ、から、なくな……、」
 「ちらちら見なさんな。気が散る」
 言い捨てて、木戸の腰になおも申し訳のように絡みついていた帯を乱暴に引き抜いた。その布のこすれる感触すら熱を煽るらしい。木戸の内部が締まったのを感じて舌打ちする。
 「淫乱。誰でも好きな相手を想像してろ」
 木戸が拒む間もあたえず、後ろからかぶさるように頭をとらえ、両眼を帯で塞いでしまう。二度きつく巻きつけ、頭の後ろで固く縛った。
 「嫌だ……」
 外そうとする手をおさえつけ、背中の高い位置でまとめる。身をよじって逃れようとするのを、繋がっている部分で深く刺激する。ふっと弛緩した両手を、背へ垂れている帯のあまりですばやく縛りあげた。
 「よせ。聞多、」
 嫌だ、と繰り返す口を掌で乱暴に覆う。
 「人が通ったらどうするんだよ」
 聞こえるぞ、とドアのほうを顎でしゃくる。
 「俺は聞かれてもいいけどな。あんたは困るんだろ」
 もっとも、あんたは堪え性がないからな。辛いだろうからこうしてやるよ。そう言って、床に落とした上着からポケットチーフを取り出すと、丸めて木戸の口へねじこんだ。吐き出そうとするのを手で押さえ、今度は自分のネクタイを抜いて、上から縛ってしまう。猿轡が完成した。木戸が悲鳴のような声をくぐもらせてなにか言っているが、二重にした布に遮られて井上の耳には届かない。目も塞いである今、その表情がなにかを訴えてくることもない。
 「……ああ」
 井上はふと気がついたように言った。
 「そうだった。悪かったな」
 低い笑いをふくんだ声である。
 「前からがいいんだよな」
 やさしく髪を掻き撫でてやる。それから繋がったままで、木戸の体を反転させた。
 「んん――ッ」
 木戸の喉が、押しつめられた哀泣にふるえる。ふ、と井上は吐息だけの笑みを洩らした。木戸の片脚を高くもちあげてソファの背もたれに掛け、一方の脚は膝が座面につくほど大きく拡げる。深く激しく木戸の体をえぐりながら、首筋に噛みついたり、胸をあじわったり、思うさま勝手にふるまった。腕を縛られてつかまる所もうしなった木戸は、ただ犯されて揺すられるばかりだった。
 (何を見ているんだろうな)
 目隠しした木戸の顔を見て、井上はぼんやりと思う。彼の体は情交の熱に火照っているのに、頭はどこか寒々していた。
 その間も、口を封じられた木戸からは、切なげな呻きが布越しに響いてくる。それらはむろん言葉にならず、音声としてもいかにも乱調で意味をなさなかったが、きっと自分の名を呼んでいるのだろうと、わけもなくそんなことを思った。
 井上はふたたび無言になった。井上の荒い呼吸と、木戸のくぐもった声、それに井上が責め立てている部分が立てる音。あとは互いの体の感触だけが、いま二人がいる世界の全てだった。
 一度高められた体は、これほど酷い扱いをうけていても、どうにかそこに快楽を拾おうとするらしい。井上が緩急をつけ、角度を変えるたびに、木戸の奥が嬉しげに蠕動し、締めつけてきた。中はそうして井上を頬張り、外では縛められた腕のかわりに、背に脚を絡めてくる。そうやって、自分の中から男が逃げていかないように、より深く交歓し、肉のすみずみまで愛しあうように、絶え間なく貪るのだった。
 (これを忘れたふりができる大久保も、相当なタマだな)
 変なところに感心する。
 (わざわざちょっかいをかけるこの人の酔狂さも、度はずれたもんだが)
 つらいくせに。
 木戸に見えないのを幸い、そう思う心のままに、顔をしかめる。言えば木戸ははぐらかすだろう。また自分も言うつもりはない。だが。
 (いっそ大久保に惚れちまえば楽なのに)
 木戸を女々しいという者がある。しかし本当に女のようにものを考えて、女のように悲しみ、憤る木戸だったならば、彼自身は今よりよほど幸福でいられただろう。
 大久保のことも、好いた惚れたの単純な達引ならば、木戸は今ほど思い煩うまい。惚れたから欲しい、惚れられてともにありたい、そういう望みかたができれば、木戸の身辺はもっとあっさりとして、晴れやかになるのにちがいないのだ。
 それができないならば、せめて。
 (俺に溺れておけばいいのにな)
 そう思ったはしから、あまりに馬鹿馬鹿しくて、井上は苦笑を洩らす。女じゃあるまいし。女ならば、自分もこれほどかまいつけはしない。いい加減になだめておくか、捨てて顧みないこともできたのに。
 (可哀相だな。あんたも俺も)
 口に出してはいわないが、じくりと胸を腐食するようなその思いをこめて、井上は全身で木戸に覆い被さり、肩を抱き、髪を撫でた。中を突いていた動きをゆるめ、肉の密着をあじわうように、愛おしむように擦りあげる。
 「っん……ん……」
 急にやさしくなった井上の動きに、昂ぶりきった体が追いつかないのか、木戸はとまどったように身をくねらせる。が、やがて柔軟にそれを受け容れ、井上の動きにあわせて自らもゆっくり腰を振る。
 「ふぅ……っ、ん……」
 鼻にかかった声がひどく甘い。額に口づけを落とすと、そっと肩をすくませて、腕のなかでふるえた。
 木戸の衣服は、袖だけがわずかにひっかかって、あとはほぼすべて肌を露出させていた。その触れられるかぎりの肌を、彼は吸いつくように密着させてくる。胸も腹も脚も……どこもかしこもしっとりと汗ばんで、なめらかさを増していた。抽挿をくりかえすごとに、井上になじむ。ぴたりとあわさって、心地よく撫であい――しかし決してまじりあわない。
このままおなじ熱のなかで溶けあってひとつになってしまえばいいのに、体はどこまでも、ふたつのままだ。だからせめて内部で深く繋がった粘膜だけは、そこに滲む情欲の滴りだけは、どろどろに混じってしまえ。
 「う……うぅ、」
 熱病の子供のような呼吸を繰り返しながら、木戸は首を振り、限界の近いことを訴えてくる。自身、いまにも暴発しそうだった井上は、木戸の体をきつく抱き、弱い一点を突きほぐすようにして、押し込み、引き、また押し込んだ。
 「ん、んん、ん」
 木戸の呻きが次第に高く短くなり、背に絡んだ脚で、肋がきしみそうなほど締めつけられる。一拍遅れて、内部がうねりながら収縮する。
 「んん――――――っ!」
 「……っ! は……」
 喉を仰け反らせて木戸が弾けるのを追って、井上も熱い粘膜のなかでその慾を散らした。
 
 「窓、閉めたほうがよかないか?」
 井上は寒風が肌を刺す窓辺に立って、木戸を振り返る。
 「ん? ああ、いや」
 木戸はぐったりとソファに背をあずけ、毛布にくるまっている。
 「しばらく開けておいてくれ」
 「まだ臭うかねえ。俺は気にならないけどな」
 「俺も鼻が馴れてしまってだめだ」
 「何なら誰か連れてきて嗅がせてみりゃいいんだよ」
 「馬鹿」
 笑って、木戸は寒そうに毛布の襟元をかきあわせる。井上もにやりとして歩み寄り、木戸の横にどさりと腰を下ろした。それから、
 「あ、」
 とかるく目を見ひらき、
 「こんなとこにまでついてやがる」
 木戸の髪に手をやった。
 「ほら」
 「見せなくていい」
 差し出した井上の指には、交歓の残滓がねっとりと絡みついていた。足元に落ちていた丸めた懐紙――さっき後始末に使ったものだが――を拾い上げ、なすりつける。
 「平気か、体」
 丸めなおした懐紙を屑籠にむけて抛りながら尋ねる。
 「腕が痛い」
 「そりゃ悪うござんした」
 「喉もだ」
 木戸の声はかすれている。だが、彼の頬に浮かんでいるのは夕陽の光芒に似たしずかな微苦笑で、井上を責めるふうではない。
 「使いが来たら、な。そっちの、棚の陰にでも隠れていようか。見えないだろう?」
 毛布の端から手首を出して、縛られた痕を揉みながら言う。そうだな、と井上はいい加減に返事をした。
 互いの体をあらかた清めたあと、井上は身づくろいをしたが、木戸には着る服がなかった。羽織と袴はきれいなままだったが、肝腎の長着は襦袢もろとも汚れてしまっていた。さすがにそのままでは部屋の外へ出られないし来客も迎えられないので、着替えをもってきてくれるよう、簡単な手紙を書いて木戸の馬丁に渡し、家へ持たせたのだった。あとは、井上が木戸にかわって着替えを受け取る。木戸は所用で席を外しているとか、適当に言っておけばいい。
 「なんだって着替えが要るんだと思われやしないかね」
 「べつにそこまで疑わないだろう。要るんだといわれればそうかと思うものさ。書生どもは昼間は出払っているし、うちの連中なんて他愛ないものだからな」
 「俺はあんたの奥方にはなりたくないねえ」
 井上は腕を組んで歎息した。木戸が唇の端で笑う。
 「俺だって女房は二人もいてもらっちゃ困るが。妾にならしてやってもいいぞ」
 「よしてくれ、考えたくもない」
 「残念だな。一度で忘れられなくしてやる自信があるのに」
 「ますますごめんだね」
 木戸を抱き寄せて口づける。浅く舌を入れて、すぐに離れた。両腕を背もたれの後ろに投げ出し、ずる、とだらしなく背を落とす。意味もなく舌打ちをひとつして、煙草が欲しいな、とつぶやく。
 「煙草盆も葉巻もないぞ」
 「知ってる」
 正面を向いたまま、井上は答えた。木戸の羽織が載った執務机の後ろに、さっき開けたままの窓がある。夜来の雨に黒ずんだ楓の葉が、落ちようとして落ちず、枝の先で縮こまっていた。その、老人が手を丸めたような葉が乾いた風に揺れるのを、井上は、熱が去ったあとの気怠い眼に、ただ映るままに眺めていた。
 「あんたさあ、」
 と、木戸によびかける。
 「あんた、諦めるなよ。大久保を」
 「大久保?」
 木戸も窓のほうを眺めている。かすれた声でゆったりと聞きかえした。
 「あの仁はあんたが思ってるほど、あんたを蔑ろにしちゃいない。だからあんたもせいぜい、しがみついて、ゆさぶりつづければいいんだ」
 「振り向きやしないさ」
 「振り向くも向かないも、大久保ははじめからあんたを見ている。どだい無視できるはずがない」
 「それで?」
 と、面白そうに木戸は尋ねる。
 「それで大久保は、私に満足をあたえてくれるんだろうか」
 「そんなのは俺の知ったことじゃない」
 ひゅうっと急に強い風が吹き、窓ガラスを鳴らした。木戸が毛布の肩をぞくぞくいわせる。眼のはしにそれをみとめて、井上は重く眉を寄せた。
 「あんたはうんと大久保に嫌がらせをして、それでもってしつこく追い続ければいい。何のことはない、大久保もあんたに縋っているのさ。大久保にはあんたが必要だ。大久保が欲している以上に、政府にはあんたが要る」
 ふ、と木戸が息を洩らすのが聞こえた。笑ったのか、溜息だったのか。白い顔をゆっくりとこちらに向ける。井上も首をめぐらしてその視線を迎えた。
 「おまえに必要だ、とは言ってくれないんだな」
 艶やかに笑う。へっ、と井上は片頬をつりあげた。
 「言われて喜ぶあんたでもないくせに」
 「そうかな」
 「そうだろ」
 木戸は夢のようにとろりと瞬きをした。眼をあけた一刹那、射るような光がさすのを井上は見たが、すぐに曖昧な微笑がそれを韜晦し去った。その微笑の表情のまま、木戸はしばらく無言で井上を見つめていたが、やがて、慰まれた体が怠いのだといった風情で、裸の膝をゆるゆると抱え、毛布を巻きなおしながらふたたび窓のほうを向いた。
 「おまえの胸はあたたかいな」
 隣でぽつりとこぼれたつぶやきは、風が掻き散らしたことにして、井上は知らぬ顔で、窓外の枯葉を見つめていた。

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【2011/11/30 17:10 】 | よみもの
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