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世外旧来望我刀太(ママ)切今日尤切迫に請之終に不能辞脱して贈之
雖然不許譲人待他日我匣中に返さん事を約す (『木戸孝允日記』明治元年5月22日条) で、このときの刀って結局返してもらえたんでしょうか。 「人にやったりするなよいつか返せよ!」 って念押さなきゃならないほどに聞多はアレだと思ってたのに、 なんで尾去沢のときは途中までシロだと思ってたんだろうw 元年5月のこのころ、ちょうど長崎出張から帰京するところだった木戸さんは、 一別の記念にとか口説かれてとうとう陥ちたんでしょうねえ……。 そんなのまたすぐ会えるのにねえ……。 4年7月には、 「前に聞多が竹田の軸物をくれて、まじいいやつとおもってたのに 今になって金払えとか言ってきやがったよ! 21円よこせって言われたから40円送ったったわ!くそが!」 と書いてます(意訳)。 これが洋行前のことで、ほんで帰ってきたら尾去沢じゃないですか。 なんで懲りずに騙されるかねべつにいいけど。 ……まだ辞表量産体制に入る前かと思ったので、 木戸さんの提出物は政体案的な何かにしてみました。 時期的なことを言うなら大久保さんの御評定云々の口癖も もっと後だとは思うんですけどね。 元年じゃまだ大久保さんが実質トップになってませんものね、 お公家さんインフレ状態で。 まああれです、こまけぇこたあ(ry PR |

