会議場の内に久しぶりで木戸の姿を見出したとき、その顔色のすぐれないのには気がついていた。おや、と思ったが、大久保はすぐにそれを忘れた。なぜなら政府が一朝瓦解の危殆に瀕している今、顔色の明るい者などひとりもいなかったし、大久保自身も連日の不眠と持ち前の胃病とで体調はおもわしくなかった。木戸が蒼い顔をしていたところで、べつだん気にとめるようなことでもない。それよりも「ようやく出てきたか」という安堵と、かすかな苛立ちのほうがまさった。
滞欧中から、内地の紛糾については頻々と報せが来ていたのだ。ついに留守組だけでは収拾できぬところまで事態はもつれて、それまでの報告文は大久保と木戸への帰朝要請――ほとんど懇願といっていいほどの――へ変わった。大久保は無論すぐに帰朝の準備にかかった。ところが。
――帰らない。
いま帰るつもりはないと、木戸は傲然と言いはなったのだった。つもりがないもなにも、勅命を帯びて国を出た以上、ふたたび召し返されればそれにしたがうのが道理のはずである。まして今政府は大変な紛擾の境にあると聞く。いくら先進の文明を学んで帰ったところで、国が亡んでいては何にもならないではないか。
そんな子供にもわかる順逆を、大久保はできるだけ慇懃に説いて、共の帰朝を乞うた。木戸はむっつりと不機嫌そうに押し黙り、時折きろりと上目遣いに大久保を睨めつけたが、やがて、
「それではイタリアを見て帰ることにいたしましょう」
と言った。それ以上はどうあっても譲らぬという風情であった。そうして結局は、皆渋々ながらその希望をみとめるほかなかったのである。
「所期の目的を果たさずには帰れない」
という木戸の言い分は、理解できないではない。が、それを今第一に優先すべきことかどうか、わからない木戸ではあるまい。
(つらあて半分なのだ) と、大久保は思っている。アメリカでの全権委任状一件以来、木戸はことごとに仏頂面をし、また泰西文明をいよいよ見、いよいよ稽(かんが)えるにつれて、急進の改革案を悪むようになった。外貌だけでもとりあえず文明国としての体裁をととのえるべきだと考える大久保との間に埋めえぬ溝を生じたのも、この洋行中のことであった。
――足下らとは行を倶にせぬ。
木戸は即時帰朝を拒むことで、政見の深刻な懸隔と、その争いについての自分の不羈不屈を示したのであろう。
それは、それでもかまわない。
(だったら千万人といえども退かぬ覚悟でおこなえばいいのだ)
この数日、大久保は苦々しい思いで主のいない木戸の席を眺めてきた。
(いまこのときに砕身しないで何の朝臣か)
三条太政大臣はもとより、岩倉右府もいかに豪腕家とはいえ、やはり生まれはあらそえぬ。兵火をもって事を動かす、と暗に嚇されてしまえば、かれらの腰は武家そだちほど鞏固にできてはいないのである。このままでは征韓の勅旨が下ってしまう。いまそれを食い止めうるのは、自分と木戸しかいない。伊藤らでは弱いのである。
それを。
いつまで引っ込んでいるつもりか、と大久保は顔にこそださないが、内心歯噛みする思いでいる。なるほど大久保自身も帰朝直後は、いったん渦中をのがれて事態を冷静に観るため東京を離れたが、必要と判断した時期(そしてそれは適切であったと思っている)に政府に復帰した。いま木戸は何を遅疑し、何に拗ねて出仕を拒んでいるのか。
――脳病烈シク執務ニ不堪候得バ……
木戸家からの使いはそう書かれた主の手紙を持参していたが、それすら笑止だと大久保は思っている。病気理由の不参など旧幕の頃から幕府と諸藩とを問わず官吏のお家芸であるし、それ以上に木戸という男の真意は、いつも彼の巧みな言辞と表情とに韜晦されて、底の知れないところがあった。おもえば、彼が大久保に正直にものを言ったことなど、これまでついになかったのではないか。
(帰朝騒ぎのときにしたところで……)
目前の案件の悩ましさに倦んだ大久保の物思いは、ふとそのときの記憶へさそわれていった。
大久保が帰国に向けて一行を離れたのは今年の三月、ドイツからマルセーユ経由で横浜をめざした。本来ならば一緒に戻らねばならないはずの木戸は、しばらく使節本団にとどまったあと、単身ローマへ向かうという。そんな経緯すら、木戸は直接大久保には伝えず、大久保はすべて岩倉を介して聞いた。
「なんやねんな、もう」
木戸の強情には岩倉もほとほと困りぬいたとみえて、話の合間にそう言っては何度も首を振っていた。
「すると、あんたには、あれか、何の相談もしとらんのかいな」
「聞いておりませんな。第一、近頃話をしたおぼえもありません」
木戸は大久保の姿を見つけると、目を合わすのさえ不愉快だといわんばかりにそっぽをむいて、足早にその場を離れるのがアメリカ以来のほとんど習慣になっていた。
「あれは一度臍を曲げるとしつこいよってな。向こう三年は口もきかんつもりやろ」
まんざら冗談でもなさそうに、岩倉は溜息をついた。大久保も笑う気にならず、黙って目を伏せた。
で、あったのに。
いよいよ明日は大久保が発つという夜、旅宿の部屋に木戸が訪ねてきたのである。
もはや、深更のころであった。
突然のしめやかな扉打(ノック)のあと、入っていいと言ったおぼえもないのに、木戸はするりと扉を開け、体を滑らせてきた。闇の中で名乗りもしないその黒い影が、しかし大久保にはすぐに木戸だとわかった。この洋行の間、彼は何度かこうして大久保の部屋を訪れている。
そしてその訪れ(闖入というべきか)は、いつでも公用のためではない。討議や相談をもってくるとき、彼はいつでもこちらが息苦しくなるような沈鬱な顔か、さもなければ面上に憤慨の色をかっかと上せているのだが、夜間ふらりとあらわれるときの彼は、さらりと幽かな、しかし底の知れない笑みをうかべているのだった。
その、鵺のような――だけれども美しい――笑みが、見えない闇のなかでも大久保の肌をさするように匂った。
「大久保さん」
と、いやに澄んだ声が呼びかける。大久保は寝台の上に起きなおり、溜息をついた。
「なんでしょう」
「明日は、いよいよお別れですね」
享楽の香のする影が近づいてくる。
「そうですな」
「お名残惜しい」
「共には帰らぬとおっしゃったのはあなたです」
「その話はいいじゃありませんか」
それより、と言った声はもはや耳許にきていた。ぎし、と寝台が軋む。彼が片膝をのせたのだろう。
「はなむけに抱いてください」
するり、と冷たい腕が首にまわされる。
「……旅立つ人間から餞別というのも妙でしょう」
「どうせお互い旅愁の身の上ですよ」
「私は愁いなどありません」
「面白い方だ」
唇に、木戸の唇が押しつけられる。迷惑な、と思いながら、大久保は木戸の重みをうけとめたまま、寝台に沈んだ。
翌朝、一行とともに駅頭で大久保を送った木戸は、もとのように仏頂面をしていた。それはことさらにつくったものではなく、彼のかかえつづけている憤懣の率直なあらわれにちがいなかった。大久保はその表情を横目にたしかめると、あとは彼のほうを見なかった。すべてがいつもどおりで、ぎくしゃくとけばだったまま歪に安定していた。
だから。
帰朝後の木戸の籠城は、またいつもの彼の手なのだろうと思っていた。それは大久保だけでなく、席上すべての人間の認識であったろう。事実、今日になってようやく参朝した木戸に、心からの見舞の言葉をかけるものは誰もなかった。皆、それどころではなかったのである。
今、参議・諸卿がつらなった長卓の中ほどでは、江藤が立ちあがってさかんに吼えたてていた。曰く、西郷の朝鮮への派遣はなさざるべからざること、万一戦争になろうとも内治は並行できること、曰く、この期に国威を発揚せざれば爾後国家の危ういこと。それらの文句のいちいちを、大久保はもはやまともに聞いてはいない。
(江藤の弁など、祭の花火のようなものだ)
と思っている。華々しく人目をおどろかすばかりで、物の用には立たない。立たぬばかりか、
(毒だ)
ほとんど憎悪するように、大久保はかれらの軽薄さ(と、大久保がみているところのもの)を忌んでいる。大衆はとかく景気のいいことがすきである。かれらには大局をうらなう遠謀も、ことの結果に責めを負う覚悟もない。ただ祭の熱に冒され、踊り狂って地を踏み荒らし、人命を損ねる。かれらの純粋な情熱の暴力は、ついに国家を滅ぼすであろう。その衆愚の先頭に立って笛を吹く――しかも巧みな奏者である江藤のような男を、大久保はもっとも呪うのである。
(否、江藤や板垣だけならば、大衆をうごかすには足るまい)
大久保や岩倉、三条の戦慄は、そこに西郷がいることにあった。
西郷の輿望の厚さというものは、大久保は同郷だけにそれがどれほどの意味をもつかよくわかっている。彼を慕う者、彼を信ずる者皆、彼が往けといえば勇躍して水火に飛び込むし、またいわなくとも彼がそれを望むと自ら忖度すれば、すすんで命を捨てるし人をも害するであろう。
(だからこそ、自重していたのではなかったのか)
と、こればかりは大久保も西郷の心事がわからない。維新後彼がその巨体をことさら小さく丸めるようにして、自らの影を薄く薄く、また茫洋とした印象に――江藤などが無能だと陰口をきいたほど――なさしめていったのは、ひとえに自分のそうしたある意味での魔術性と、その正よりも負の影響をおそれたためであろう。
その西郷が、今にして国を二分するような政争をひきおこしている。
(ほんとうに安禄山になりたいのか)
何か考えることでもあるのか、木戸と入れ違いに休んでいる彼の、それでも妙な威圧感のある空席を見つめて、大久保は髭の下でそっと唇を噛んだ。そうしてどこかで、この苦衷から自分を救いだす手がさしのべられることを、女々しくも望んでいた。
しなやかで肉のあたたかな、存外大きな手。長い指は器用に動き、その気になりさえすれば解きほぐせぬものなどない。大久保の知るかぎり、それはたったひとりしかもたない手だった。
(それを、出し惜しみするというのか)
ゆるゆると吐き出した息に、胃の灼けるような悔しさが滲んだ。
結局その日の会議で、木戸はひとことも発言をしなかった。
若い連中が時々それとなく水を向ける気配があったが、彼は煩わしそうに眉根をよせて、じっとうなだれていた。江藤や板垣が口角泡を飛ばして論じ立てる、その合間合間に、重たげに溜息をついたり、額へ手をやったりするのがせいぜいで、あとはなにも意見らしいものをあらわさなかった。
事態は、確実に悪化している。
江藤の舌鋒に感化される者、板垣の勢いに怯む者、副島の学殖を敬う者、それやこれやで、態度をきめかねていた連中が、すこしずつ征韓に傾きはじめている。その空気のなかで、しかし今日もこれといって結論らしいものは出ず、会議は緊迫したなかにもどこやら気だるいもの別れに終わった。
こうして荏苒日をひきのばすばかりで、どうなるものでもあるまい。何か窮余の一手がひらめきはしないかと、大久保は近頃柄にもなくそんな博打めいた期待をする気分になっている。そのわれながらつまらぬ期待がつのるにつけても、
(何か策があってしかるべきだ)
と、木戸の沈黙が腹立たしかった。
今日まで長らく欠席していた彼なのだ。たまに出てきたのなら、ああしてもったいつけずに何か言ったらいいではないか。
三々五々、出席者たちが部屋を出ていくなかで、彼はいくぶん痩せたようにみえる体をじっと椅子に落ち着けたまま立とうとしない。その俯きかげんの横顔を目のはしにとらえて、大久保もまた動かなかった。
「大久保さん」
呻くような声を彼が洩らしたのは、余人がすべて部屋を去って、大久保と彼の二人になったときだった。大久保がだまってそちらを振り向くと、彼は机の上に両肘を載せて、組んだ手で額を支えていた。なんだかそれは祈るようなしぐさに見えて、大久保は一瞬その敬虔さに打たれた。
「両公の腰はたしかでしょうか」
という声は、深い憂いに曇っていた。彼もまた、三条・岩倉にかすかな動揺があるのを見てとったらしい。かれら両大臣が迷えば、廟議は覆ってしまう。すでにことはそこまで差し迫っていた。
その認識は、たしかに木戸と大久保が共有しているはずのものだった。しかし、大久保はその一致に安堵を感ずるよりも、むしろちりちりとした棘のような感じをもよおした。
(何をいまさら)
ことは国家の大事である。それを治めるについては、大久保はいかに自分が労しようとも――たとえそれで斃れてもかまわないと思っている。だからどれほど事が困難であっても、誰を憎む気も恨むつもりもないのだが、ただ、自分がそうであるように他人もそうあらねばならぬはずだと思っている。
特に、この木戸などは。
木戸は大久保や他の主だった面々とともに、維新の当事者である。単にかかわっただけというならともかく、みずから為したことにはどこまでも責めを負うのが当然であろう。木戸はそれができないほどやわな男でも、無能な男でもないはずだった。むしろ本気で肚をくくれば、ずいぶん思いきったこともやれるだろう。それだけの才覚のある男なのである。
だから、あたら敏腕を発揮せずに長らく政府を空けたあと、いまさら三条と岩倉の態度如何などと問う木戸に、大久保は小憎らしいものを感じたのである。といってそれを露骨にあらわすほど(ある意味で)人の好くない大久保は、
「さあ、何分にも、大変な難局ですから」
と、至極あいまいな返事をして木戸をいなした。そのおざなりな気分は多分彼にも伝わったのだろう、
「いま両公が覚悟をきめてくださらねば」
という声は焦れていた。
「いま両公が揺らげば、政府は瓦解します」
(そんなことはわかっている)
と大久保はいまいましかった。だから木戸の参朝を、自分はあれほどもとめたではないか。わざと返事をしないでいると、木戸は蒼い顔にわずかに血の色を上せて、
「征韓は断じてなりません。道義の問題ではない。時期がわるすぎます」
「ごもっともです」
大久保はごく冷淡に言った。今はすでに議論のときではない。行動あるのみである。木戸から自明の議論を聞かされるばかりなら、この部屋にいるのは無意味だと思った。
「人に会わねばなりませんので、私はこれで失礼します」
「大久保さん」
立ち上がった大久保のあとを、木戸が追いかける気配がする。大久保はそのまま去るつもりであった。が、ぎっと椅子が押し出される音につづいて派手に物が倒れる音がして、とっさにふりかえった。
木戸の体が、床に横たわっていた。
木戸の寝顔など、まじまじと見るのは初めてではなかったろうか。
蒼い影が差す頬に白くかわいた唇は彼の衰えを示していたが、それでも長い睫毛を伏せて昏々と眠る姿は、西欧で見た石膏像のようで美しかった。
(あれらの像は――)
と、大久保は、木戸の臥している寝台――会議場の隣室に急ごしらえしたのだったが――横の椅子に腰かけて、わずかに半年ばかり前、彼とともに眺めた像たちを思った。
(千年朽ちぬ、と)
千年どころか、二千年、三千年の風雪に耐えると、あちらの案内者たちは言った。現に自分たちが見たもののなかにも、二千年前の名工の作だという像があった。神話の神々をかたどったというそれは、静謐な空気をたたえて、特段の灯りもないのに、凛乎とした光を放っていた。
木戸の寝顔は、あるいはそのなかの一体に似ているかもしれないが。
大久保は音がするほど奥歯を噛みしめ、深く眉根を寄せた。
今しがた出て行った医師の、重苦しい声が耳奥によみがえる。
――胃が腫れて出血している。脳にもおそらく病変がある。
二、三日は絶対に安静にしているようにと医師は言った。それで癒るのかと大久保が問うと、
「さあ、癒ると申しますよりも……」
小康を得る、といったほうが正しかろうという意味のことを、なにかさまざまの遁辞をまじえながら、歯切れわるく説明した。
「あまり御長命にはわたらせられますまい」
それは決定的な一言だった。さすがに多少言葉を濁してはいたが、医師はつまり、木戸が遠からず長逝すると告げているのである。
「まさか――」
大久保は色を失った。そこまで悪いとは思いもよらないことであった。それほどの病勢にしてなお、彼は参朝したというのだろうか。
――中興の基(もとい)を建てるためならば。
いつか彼のそんなことばを聞いた。あれはあるいはまだ、倒幕が成る前のことであったかもしれない。
――たとえ山野に屍を晒すとも厭いますまい。
大久保はべつにそのことばに感興をおぼえはしなかった。あの当時、そのくらいのことは誰でも言った。だが、そう言っていた者たちの多くが顕官にのぼり、暖衣飽食にかつての志を忘れ去った今でも、彼だけはそのかみの誓いをかたく守っているというのだろうか。
(肩が……――)
倒れた木戸を担ぎ起こしたときの、彼の体の感触を、大久保の手はあざやかに覚えている。最後に彼を抱いた夜、まだみっしりと固い肉に鎧われていた体は、いつのまにかずいぶん骨が秀でて、支えた肩も薄くなっていた。
深く眠ったまま、かすかに苦悶の表情をうかべている白い顔は、あの石膏像に似ているけれど。
三千年もその姿を保つという像にくらべて、木戸の行末のなんと儚いことだろう。それでも、彼の仕事はあるいは千年先まで残るだろうか。それならば彼は安んじて瞑目するというのだろうか。
(させるか)
瞋りにも似た思いで、大久保は拳を握りしめた。いま彼ひとり逝かせてなるものか。恋でないのは無論のこと、難局に自分を置いていく者への妬心でもない、ふしぎな――そして昏い情熱が、ぎりぎりと肝を焦がしていた。
[42回]
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