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わたしのかんがえたさいきょうのめいじせいふ
●木戸さんと目があうとほもになる ●ついでに都合のいい男になる 広沢さんがかわいそうだとおもいましたまる 土佐老公とうんたらかんたら、と言っているのはこれです。 なんかいろいろごめんなさいでした。 以下、よみものでございます。 『青時雨』
奥の間に敷いた布団の上で抱き寄せたとき、彼はまだ夏羽織をきっちりと着けたままだったが、
(ああ、やはり) と、その体の感触に慣れた手が、わずかな違和感を伝えていた。 (――痩せたな) とは、今日の夕刻、半年ぶりで彼に会った藩庁の前ですでに気がついていたのだ。しかし言ってどうなるわけでもないことを口にするのは、広沢はきらいだった。 (やつれたのはわかりきっている) ここ半年の彼の辛苦をおもえば、痩せないほうがむしろふしぎというものだろう。広沢が知っているだけでもほとんど生死の境をかいくぐったことが一度ならずあったはずだし、それ以上に彼自身があじわった葛藤とやるせなさとは、百万言を費やしたところで追っつくものではない。 だから広沢は、宴果てた家の中に木戸と二人になってしまうと、なにもいわずに彼を押し倒した。 枕元に、まだ灯りがついている。木戸の手が伸びてそれを消そうとするのを、広沢はやわらかに押さえこんだ。いつもはなんとなくおとなしくなる木戸が、今日は執拗に抵抗する。広沢も広沢で、常のようにはゆるしてやらない。いやだ、というのを体ごと押さえつけて、薄明かりの下で襦袢までひと息に引き剥いた。 「やめ……、」 広沢の視線をきらって、木戸が身をよじる。広沢はあまり奇を衒うような抱き方をするほうではないが、明るい場所で木戸の体を開いたことはないではない。そういうとき、彼はべつに抵抗しなかった。いま彼がいやがっているのはそんなことではなく、自分の肌についた徴(しるし)を、広沢の目に晒すのがたまらなかったのだろう。 しかし、広沢はすでにそれを見てしまっている。 (一人や二人ではなさそうだな) 酒宴のさなかから、妙だとは思っていた。あつまったのは皆気のおけない連中ばかりで、普段の木戸ならば誰よりも陽気に盃を傾け、さっさと着流し姿に変わってくつろいでいるはずだった。それを、今日は袴ばかりか羽織もとらず、盃もあまりすすまず、何やら酔うことをおそれているようにもおもえた。 それをあるいは、木戸の憂愁のあらわれととらえられないこともなかった。現にほかの連中はそう思ったろう。 半年前、朝命を受けて国元へ下った木戸は、せいぜいひと月かそこらで東京へ帰るはずだった。御一新以来、国で徒食を余儀なくされている諸隊の連中から精兵を選り抜いて御親兵に加え、かつは輦轂を護らしめ、かつはかれらに方向性をあたえるのがその任で、それは重任であるにはちがいないけれども、さほどの難事とは彼も思っていなかったろう。 ところが、帰国した木戸を待ちうけていたのは、予想外に荒廃した人心と、それにともなう諸隊の叛乱だった。中央で栄爵を得た(内実は雑事ばかり多い空名にすぎぬのだが)ことをもって、つとにかれらの憎悪の的になっていた木戸は、文字通りその首を狙われて、危うく虎口を逃れたと聞いている。結局ほどもなく叛徒は鎮圧されたが、ゆきがかり上討伐の指揮官をつとめざるをえなかった木戸には、ひとにはいえぬ苦い思いが残ったことだろう。 (せめて、俺がもう少し早く帰国できていれば) 広沢は木戸の立場に対して十分な同情も思いやりももっている。彼が不服に思っているのは木戸がいつまでも塞いでいることではなく、ひそかに加えられたその仕打を――いま広沢が喰い入るようにして見つめている、肌に残された痣や引っ掻き傷や噛み痕の理由を、ひとりで耐えようとしているらしいことである。 「藩庁の奴等か」 訊いても彼は答えない。答えないのは、その媾合が彼の望んだことではないからだろう。 広沢は自分が木戸に貞淑を要求するような間柄ではないと思っている。木戸はありていにいってしまえばまあ好き者のほうで、男の情人も広沢が知っているだけで数人いる。そういう男たちのつけた痕を木戸は隠そうとはしないし、一度など土佐老公に抱かれているさまを目の前で見せつけられたこともある。たぶんそれらは情慾を充たすためという以上に、木戸の精神の平衡を保つのに必要なことなのだろう。だから広沢は木戸のそうした見せかけの乱脈ぶりについて口出ししたことはないし、極力不快らしい顔もしなかった。木戸が好きこのんでやっていることなら、自分が何かいうには及ぶまいと思ったのである。 (あくまでお前がいいなら、だからな――) 触れられたくもない相手に堪えしのんで抱かれているというなら、話は別である。それも、木戸の一身上のことであるならまだしも、今回はあきらかに、諸隊の動揺の件がからんでいるにちがいなかった。 「何だと言って強いられたんだ」 いやがる木戸の手を振りはらって、両脚をひらかせる。内股のあたりに、血の滲んだ歯形がいくつも印されていた。 「何をお前が嬲られてやる必要がある」 顔を近づけて問いつめると、木戸はこまったように目をふせた。 「嫌なら殴りつけて叩き斬ってやればよかったんだ」 「そういうわけにもいかないさ」 かれらにも、やむにやまれぬ思いがあるんだろう。観じきったように、他人事のように木戸はいう。広沢は腹が立った。 「国が乱れてたまらんのは皆同じだ」 「うん。だから――……」 「そいつらの身勝手に付き合ってやって、それでお前はどうなるんだ」 「俺が……?」 「お前は、また――」 ひとりで、と言おうとして、何やら女の繰り言めいたその文句に、広沢はあわてて口をつくんだ。それから、どうした、という顔で見上げている木戸の眼を掌でふさぎ、開きかけた唇を深く吸った。 ゆっくりとゆすりあげてやるごとに、木戸が小さく息をのむ。痛いか、と訊くとうっすらと目をあけ、また閉じて、かすかに首を横に振った。 繋がったとき、彼の体には、快感を訴えるそれとはちがう、わずかな震えがおこった。噛みしめられた唇から、苦しげな吐息が洩れる。体の中にも、傷をつけられているのかもしれなかった。 「やめるか?」 額に落ちかかった毛をかきあげてやりながら尋ねると、彼は濡れた瞳をあげて、いい、つづけてくれと小さく答えた。 やめるかと、辛ければやめてもいいと言ったことを、彼は自分の寛闊さだと思っているだろうか。そうして、彼のようすを見ながらこうしてゆるやかに抱いていることも。 (俺も、ずいぶん) 卑怯だとまではさすがに思いたくなかったが、それにしてもさもしい心根であるにはちがいない。 やめるかと問えば、木戸が応じないのはわかっていた。それから、自分と彼のあいだでのひとつの型にさえなりつつある、このゆるやかな愛撫さえも。 木戸の体は、尋常の男としての広沢の感覚からみて、ひどく淫靡に甘くできていた。初めて彼を抱いたとき、その肉の佳味に対する一種の感動と、わきおこる情慾とにまかせて、一瞬、我を忘れて貪りそうになった。彼もまた、壊れるような激しい情交を望んでいるようにみえた。 おそらく、いつも男と交わるときはそんなふうに抱かれてきたのだろう。だから広沢は、肚の奥を突き上げてくるような衝動をどうにかこらえて、できるだけゆったりと彼を抱いた。彼の快楽がそっと蟠っている場所を丁寧に探し、やわらかくそこを撫で、すすり泣くのを宥めてやりながらおだやかに睦みあった。案の定木戸は戸惑い、乱れ、最後には激しく犯してほしいと懇願したが、広沢はわざとこまったように首を傾げ、優しく彼を苛んだ。いやだ、と泣きながら、しかし木戸は甘くふるえて、広沢を締めつけながら何度も吐精した。 多分木戸は、それが広沢という男の持ち前だと思っているだろう。そう思わせておこうと広沢は決めていた。土佐の大殿様に抱かれていたあの日、大きく脚を開かされ、乱暴に突き上げられていた彼は、自分から腰を振り、あられもない声をあげていた。そのくせ広沢が微笑を泛べながら髪をかきなで、何度も浅く口づけては、手指を絡み合わせたまま体を繋げてやると、ひどくいたたまれないような表情で頬を赧らめ、声をあげることさえためらって唇を噛んだ。何度抱いてもその戸惑いが変わらない、むしろ深まってゆくようにさえ思えることに、広沢は満足をおぼえていた。 (馬鹿だな) と思いながら、木戸にふれてしまえばどうにもならない。自分の体の記憶を、彼の奥深くに刻みつけておきたかった。だから今夜も広沢は、あえてゆるやかに木戸を抱く。ものを思うこともおぼつかない恍惚のなかで、彼がほかの誰かと自分を間違えないように。あるいはいつか自分の知らぬとき知らぬ場所で、ほかの男に抱かれている彼が、その激しい媾合のさなか、苦しさにふと自分とのことを思い出してしまうように。 ――そうして、それから。 こちらのほうが本筋だと思うのは、少しでも自分を卑劣漢としてのそれから遠ざけておきたい、広沢のさもしい自己瞞着であったか、どうか。 (あるいはお前にふれているこの手は偽物かもしれないが) お前はやさしいな、と最初の夜に木戸は言っていた。広沢はすでに寝ているふりをして、それには答えなかった。 本当は荒々しく彼を踏みしだきたい。めちゃくちゃにして抱きつぶしてしまいたい。それを怺えた媾合のなかで彼が感じたものがやさしさだったとして、しかしそのやさしさはつまらぬ見栄がための猿芝居なのだ。 だが、それでも。 それでも彼に伝わればいい。 (俺はお前に犠牲は強いない) つらければつらいといえばいい。木戸がひとりで堪える必要などないのだ。 (何ひとつ――) 与えてはやれないかもしれないが、決して奪うことはしない。たとえそれが無益でもひたすら共にあろうと伝えようとして、しかしそれは今まで何度も彼にいなされてきた。 拒まれたわけではないと思っている。ただ彼はいつでも最後には、自分ひとりで何もかもふりかぶってしまうつもりでいるのだ。 (馬鹿だ。お前は) 何もかもぶちまけてしまいたくて、それができずに広沢は木戸の体を抱きしめる。 「んっ……、ぁ、」 木戸の好きな角度を知っている。 それを誇りたい気持を抑えて、知らぬ顔で彼を追いつめる。 (お前はそんなふうにも啼くのか) 毎度ちがった発見があるのを、広沢は口には出さない。ほかに言う男があるなら、自分はあえていうまいと思っている。 黙っていると、木戸が焦れる。淫魔の指ししめすままにふるまうのをためらい、どうかすると広沢の手を逃れようとする。 「なんだ」 わかっていて、わざとやさしげな声で訊いてやる。 「いやだ……」 上気した顔を、白い腕が隠す。 「何が」 「いやなんだ」 「だから、」 なにがいやだ、と言いながら彼の好きな場所を抉ってやると、甘い声とともに潤んだ肉が顫える。おもわず気をやりそうになるのを、何喰わぬ顔で押しとどめた。 「何か、言ってくれないか……」 かすれた声がそうささやくのを聞くのは、これで何度目だろう。いつものように曖昧に、それを宥めるつもりでいたのに。 「何か、といってもな」 そっと彼の頬を撫でたのは、肉の削げた影がいやに青く目についてしまったせいだったろうか。 「べつに今さら何ということもないさ。――お前は」 何も心配しなくていいんだ。言ったそばから自分自身なにをいっているものかわけがわからない。木戸に問いかえされるのがきまりわるくて、彼の唇をいささか強引な口づけでふさいだ。 いいんだ、お前はこうしていろとささやきながら、木戸の体をゆるくゆさぶる。その営みに彼の体は蕩けきっているくせに、敷布の上を這う手はなおもまだ遁れる場所をもとめ、結びあった粘膜さえ広沢を離れようとする。それが気に入らなくて、両手で彼の背をかき抱いた。 「や、ぁ、兵助……っ」 「お前は、」 上体を引き起こすと同時に自分も布団の上に胡座をかき、木戸の重みを受けとめる。 「強情だな」 「あぁ――――――」 木戸の両眼から涙があふれる。頬を伝うそれが細くなった顎の先から滴る前に、広沢の唇がそっと吸いあげた。 「つらいか」 「つら、くな……」 「楽にしていろよ」 両掌で頬をはさんでやると、子供のようにこくんと頷く。それがひどくいじらしく思えて、広沢は自分の雄が木戸の体の奥で質量を増すのを感じた。 片手で腰をつかみ、片手で膝裏を持ち上げて、木戸の体を上下させてやる。彼の奥に捻じ込んでは戻るのを繰りかえしているあいだ、広沢は自分の両肩の上に載った木戸の手のことを考えていた。 まったくそれは、つかむというより載せているといったほうがふさわしかった。 突きあげられるごとにひきつれるように粘膜を顫わせ、甘ぐるしげな吐息を洩らしているくせに、木戸はかたくなに両手の指先を丸めたままでいた。 多分、爪を立てることをおそれているのだろう。 (仕方のないやつだな) 広沢が苦笑したのも、彼にはもう見えていないだろう。 「兵助、」 切れぎれに呼ぶ声さえどこかためらいがちに聞こえて、広沢はそれを詰るために(彼にはそうとはわかるまいが)目の前で紅く膨れている乳首に噛みついた。 「いっ、ぁ……」 振り切ろうとするのか、身をよじるせいでそこへあたえられる刺戟はますます強くなる。木戸は啜り泣きながら、熱く熟れた肉で広沢を締めつけた。 広沢も、限界が近い。 「準」 唇のさきに乳首をふくんだまま、低く囁いた。 準一郎。 旧主に賜った、そして今は彼自身さえ使うことも稀になった、木戸の名。おそらくその名前で呼ぶのは自分だけだろう。それも、閨の中で、彼が感きわまったときにだけ呼んでやる。 彼がその名を思い出すとき、同時に自分との交わりの感覚がよみがえるように。 「準、」 広沢のもくろみを知ってかしらずか、そう呼んでやると木戸はいつでもひどく感じる。今日もいっそ聞くのがつらいとでもいうふうに首を振り、甘くかすれた声をあげ、体をふるわせた。 「準……ほら、」 「や、んぁ……っ」 ぐらりと木戸の上体が揺れ、後ろに倒れかかる。とっさに二の腕をつかんで引き寄せてやりながら、 「だから、お前は、」 ほら、と一度かるく突きあげた。木戸は堪えきれずに悲鳴をあげ、涙をこぼす。 「これっぽっちしかつかまらないから崩れるんだ」 肩の上で握られたままの彼の手をぺちりと叩く。 「ほら、ちゃんと、」 「あ、」 肘のあたりから引きよせて、背中へ廻させた。こうしてしがみついていろ、と。 「兵助……」 濡れた目で見つめられるのがくすぐったくて、広沢はふたたび激しく動きだした。体ごと絡みつくように密着した木戸の肌が、その激しさに波打ち、喘ぐ。 「離れるなよ」 つかまっていろ、と彼の耳許でもう一度囁いた。 「あ、兵助、兵助……っ」 広沢の首筋に、木戸が顔を埋める。ふれた場所があたたかく濡れていくのは、汗か、それとも涙だろうか。 「大丈夫だ、最後まで――」 平衡を保ちながらの交わりは、体がおぼつかないのだろうか。彼の声に滲む不安に、背を撫でながら答えてやった。 「俺が支えていてやる」 低い声を耳朶に注ぎ込むと、びくりと彼の体が跳ね、やがてそれは断続的な痙攣になって、うねりながら広沢を呑み込んでいった。 ゆるやかな呼吸が彼の背をわずかにふくらませ、広沢の胸をくすぐっては、また元へもどる。どうということもない刺戟に、たしかに彼が息をしている心地よさを感じる。 明朝、早くに藩庁へ出ると木戸は言っていた。そこにあるいは、彼の膚(はだ)に痕をのこした男たちがいるだろうか。 広沢はそっと、彼のうなじに指先をあてた。すでに油が切れ、灯りの消えた部屋のなかでは、それをあらためて見ることはできないが、広沢は媾合のさなか、そこにたしかにほかの男がつけた痣をみとめた。 木戸自身には見えず、また衣服をつけてさえいれば余人にもわからず、女からも見えにくく、ただ彼を抱いた男にだけ目につく場所。 (ふざけた真似をするじゃないか) 強いられたらしいその媾合を、木戸はどうやら相手の鬱憤晴らしか、意趣がえしかなにかだと思っているようだったが。 (どうも、ただごとじゃないな) 記憶に残る石榴色の痕を闇のなかでそろそろとたどりながら、広沢は、そこへ口づけた男の情のはげしさを思って苦笑した。男はあるいは夢寐のうちに、木戸にそれを告げたかどうか。いずれにせよ、木戸がゆるしたのは肌だけで、ほかのものをあたえる気はないらしい。それがわかっているからこそ、ああも痕を散らし、乱暴に抱いたのだろう。 (馬鹿だな) と思いながら、気の毒な気がしないでもない。 (どいつもこいつも) うなじを撫でているうちに、くすぐったいのか、木戸がちょっと頭を動かして、ん、と吐息を洩らした。にわかに血が沸きたちそうになるのを感じて、広沢は手をひっこめ、深く息をした。 (三度目はさすがにな) 明日の出仕にさしつかえるだろう。 本当は、一度気をやったら眠らせるつもりだった。そうして明日起きてすぐに発てるように、彼の体を拭ってやった。汗に濡れ、精が散った肌を清めてやったあと、広沢がもっとも苛み、その満足の証が溢れだしている箇所へ指を挿れた。 事後にかき出してやるその作業を、木戸はひどくいやがる。そうされるのが嫌いだというよりも、媾合の証拠を見せつけられるようできまりがわるいのだろう。それほど拒むならしてやらなくてもいいようなものだが、広沢は自分でも不審なほどそれを仕遂げることにこだわった。小娘のような感傷をいえば、抱き合って吐きだして終わりという殺風景さに堪えられなかったのかもしれない。 それでもというのかやっぱりというのか、今夜も木戸は否定のことばを連ね、身をよじって逃れようとした。押さえこむのも面倒で、広沢は指を進めて木戸の快楽が埋まっている箇所を押しあげた。 「ひ……っ、」 木戸は甘く背を撓ませ、ふるえながらおとなしくなる。広沢はそこでふたたび作業にもどらねばならなかったのだが、うらめしげに唇を噛む木戸の表情につりこまれるように、その指の動きはつい当初の目的を見うしなった。 いくらかは彼が楽だろうと、両手をつかせて背中から重なった。顔が見えない、とむずかるのを、乱れた髪をかきなでてなだめてやる。うなじの痣を見つけたのは、あのときだったろうか。 「兵、助……、」 ゆさぶられている間、なおも広沢をさがしもとめるように、木戸が首をねじ向ける。その顔に頬をすり寄せ、さらに耳朶をくわえる。 「ここだ」 手を伸ばして、彼の瞼をそっとおさえた。 「見えなくても、ここにいる」 囁いてやると、小さく声をあげて達した。 ――あのとき、彼にはちゃんと聞こえていたかどうか。 「俺は嘘はつかないからな」 低く語りかけた声は、癖のない彼の髪に絡みかねて、枕の上へほとほとと落ちた。木戸はぼんやりとした覚醒が近づいているのか、わずかに肩を揺すりながら、溜息のような、かすかな呻きのような声を喉奥でくぐもらせた。その声と布団から出ている肌とが、夏だというのに寒そうに見えて、広沢は後ろから強く彼の体を抱き寄せ、うなじを吸った。 さっき薄明かりのなかで見た、赤い痣ののこる場所。 同じ場所に歯を立て、舌を這わせ、音がするほど吸いあげる。 「ん……」 さすがに木戸が眠りから醒め、首をひねって振りかえる。 「兵助……?」 その唇を、甘くなだめるように吸った。 「明日、な」 唇を触れあわせたまま、うすくひらいた木戸の目を見つめて言った。淡く靄のかかったような、まどろみの余韻をのこした目。そこにもすでに、憂いの翳がきざしている。広沢は吸いよせられるように指をのばして、長い睫毛にふれた。反射的に木戸が目をつぶる。 (そうだ。今は見なくてもいい) 彼の頬を撫でながら、頭を楽な位置に戻してやった。木戸は今度は、顔が見えなくていやだとはいわなかった。 「明日、役所が引けたら」 片手で髪を撫で、片手を胸のあたりへまわして、彼のうなじにささやく。 「またうちへ来い」 待っているから、と言ったのは、自分でもいささかおかしな誘いかただと思った。広沢もどうせ藩庁へは出なければならないのだから、連れ立って帰ってくるというのが正解だろう。 しかし木戸はそれについてはなにもいわず、ただ黙ってうなずいた。そうして自分の肌に触れている広沢の手に指先を這わせ、やがて握りしめて、指をからめた。 そのまま二人で眠りに落ちるまえ、木戸はなにかつぶやいたようだった。広沢にはその内容が聞きとれなかったが、ふしぎと聞きかえそうという気はおこらず、ただ鼻の奥がつんと痛むのを感じて、彼のうなじに顔をうずめた。 PR |

