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【2026/04/05 02:47 】 |
容堂×木戸
某様への貢ぎ物として書きました。
容堂公のお道具がご立派、という設定は某様によるものです。
その他色々ご教示いただきました。殿木戸イイネ!
無駄にたらたら長いんですけども、私は書いてて楽しかったです。

殿はえろいです。
木戸さんもソチラはお好きです。
そういう話です。


以下、よみものでございます。

『残照燃えて』


 「飲み足るまい」
 と、彼は冠の顎紐をしきりによじりながら、放埒なことを言った。
 「天盃のお流れなぞ頂戴しても、堅苦しさにのぼせるばかりで味も何もわからぬわ。そうではないか、松菊」
 あたりも憚らず言うものだから、散会ほどもない縉紳の――とくに公卿らの冷眼がいっせいにこちらへ注がれた。
 「容堂様」
 木戸はそっと袖をひき、ごく遠慮ぶかくその放言をたしなめた。が、不羈と豪宕で知られた、というよりもむしろ無茶な振舞で世人の眉を顰めさせることが何より得意なこの跳ねっ返りの隠居大名は、叱られたことがかえって愉快であったらしく、「ふん」と鼻を鳴らすと、
 「おぬし何ぞ先約でもあるか。いや、あってもなくてもよい、儂の宅へ参れ。酔える酒を馳走してやろうほどに」
 にやりとして、いかにも貴種らしく高飛車に言い放つと、木戸の返事も待たずにさっさと駕籠に乗って消えていった。
 
 土佐老公といえば、彼が藩主の座にあった頃から世上その理智と英邁を称えられ、蓋世の器と期待されながら、一方では肚のよめぬ相手、志操の鮮明でない仁として、誰しももちあつかいかねるところがあった。それは今の政府にとっても同じことで、「酔えば勤王、醒むれば佐幕」の山内容堂は、まあ敬して遠ざけておきたいというのが大方の本音であった。
 (どうも容堂公にもこまったものだ)
 と、木戸などもここ十数年に何度おもったかわからない。特に彼のもっとも惨憺たる苦難の時期、長州はすさまじい内訌の末に藩ぐるみで討幕の狼煙をあげたが、土佐の腰は、全体的な印象でいえばいっこうに上がらなかった。
 「いや、弊藩はどうも、あの老公が」
 彼の同志であった土佐の連中は、しきりにそう弁解した。要するに容堂という人は幕閣のやりようには大いに不満があるが、といって将軍以下一朝これを退けてしまえとまでは思っておらず、また勤王の志もおろそかにはしないが、しかし天朝の御為に藩も何もかも投げ出して赤誠を誓うというところまではしないのだという。
 「結局はお大名なのだ」
 他藩の連中――特に長州の急進連はそう陰口した。
 「その風貌はなるほど、英姿颯爽といっていいでしょうが」
 久坂がむくれていたのをよく憶えている。容堂公は丈高く色白で、音吐朗々――かれらから聞き入れた容堂の姿や挙措を、木戸は何度か想像してみた。
 「日和見というのとはちがうんじゃないか」
 容堂が側近に語った内容や、幕府へ上呈した意見書の謄しというのは、同志間ではさまざまなかたちで出回っていた。それらをくまなくあらためてみて、木戸はそう思ったのだったが、
 「知りませんよ。とにかくあの仁には期待できそうもないんですから、ああしてのらくらしておられる理由が日和見でもそうでなくても同じことです」
 久坂などにはとかく焦れったいばかりの相手であったらしい。
 「周布さんもずいぶん憤慨してましたよ。酒飲みの風上にもおけない、とかなんとか」
 酒飲み云々はともかく、久坂や周布以外にも、長州藩内での容堂の評判は一般に芳しくなかった。木戸もまた、容堂の不定見ともとれる態度には奇怪の思いをいだきつつも、しかしその人物にはずっと興味があった。
 
 その容堂にはじめて面晤したのはおよそ半年前、大坂親征に扈従したときのことだった。
 当時容堂は胸痛のために療養を希望して大坂に下り、長堀西浜の上屋敷に起居していた。その容堂から、滞坂中の木戸に使いが来たのである。
 一度会って話がしたいからぜひ来いと、使者のもたらした手紙は言っていた。木戸はすぐに筆を執った。
 おもえば、今まで容堂に会わずにきたことのほうが不自然なくらいであった。賢侯としてつとに名高い容堂は無論のこと、木戸はまた木戸で、同志にも敵方にも名前は通った男である。くわえて容堂と長州侯は縁戚関係にあり、その縁からも両藩士は往来がさかんであった。さらに今は木戸も容堂も、ともに新政府の枢機にあずかっている。
 (晩すぎたくらいではないか)
 と、木戸は妙に可笑しく思った。喜んで参上したいと、いそいそと返書をしたためた。陪臣の分際で、用もないのによその大名に拝謁を願い出るわけにもいかず、だから容堂のほうから声をかけてくれたことはありがたかった。
 一夕を約し、木戸は藩邸に容堂を訪ねた。
 後藤象二郎と、武市八十衛とが媒酌をつとめてくれた。
 「予州殿もおいでだ」
 平伏している木戸に、容堂は上座から言った。
 「そんなに這いつくばっておっては見えまい。顔をあげて、予州殿のお顔を拝せ。今日はいちだんとお長いぞ」
 「まったくお人がわるい」
 と苦笑した声が、伊予宇和島の伊達宗城であろう。それにおっかぶせて哄笑した容堂の笑いようは、殿様ともおもえぬ放胆さにあふれていた。
 「よしよし、酒をもて。木戸はよほど畳が好きとみえるが、さすがにうつむいたままでは酒は飲めまいからな」
 そう言われてやむなく顔をあげると、噂どおりの魁偉な――しかし一点なにかあやうげな、癇性さをおもわせる風貌がそこにあった。
 
 容堂の酒は聞きしにまさる豪快さだったが、同時に彼は粋人であった。
 「もしいま儂にして、関東いまだ壮んなりし頃の大大名なりせば」
 盃の縁を舐めながらそう言ったのは、木戸や後藤に対する皮肉でもあっただろうか。
 「淀川に舟を三叟泛べて、な」
一叟は詩、一叟は酒、一叟は美姫としよう。儂はさしずめ三船いずれに乗るべきか、悩みふかき藤大納言殿よ。そうおどけてみせてから、
「しかし美姫の船には誰を乗せたものかな。いま新地で別嬪といえば、」
と、すらすらと近頃売出し中の名妓の名前をならべた。誰それは小唄の上手で、誰それは舞、などと、そんなことまでこと細かに知っていた。そうして、
「喃(のう)予州殿、予州殿は女はどういったのがお好みでござる」
などと戯れてみせる。宗城が返答に詰まってしまうと、たちまち筆硯をひきよせて、こまる宗城のようすを艶な詩にしてしまった。
(なるほどこれは一代の英傑だろう)
下された盃を押しいただきながら、木戸は舌を巻いた。会ってほどもないが、容堂の器量がなまなかのものでないことは容易に知れた。
彼は上機嫌で縦横に舌をふるい、ときに風流に託して時勢のこと、政道のこともうそぶいた。ずいぶん警抜な意見も多かった。
(酔えば勤王、醒むれば佐幕――……)
木戸は、かつて容堂にむけられた陰口を思い出していた。つまりは腰の据わらない、軽躁だとかれらはいいたかったのだろうが――――
(むしろ、よほど重厚ではないか)
 容堂は若い頃からその理知をうたわれたが、彼の智者としての本分は、世人が想像したような剃刀型の切れ者ではなく、老練な肉の厚さにあるのだろう。
 熱した言葉を叫ぶのは、難しいことではない。が、周囲が皆過熱するなかにあって、急がず偏せず、正道を践むということの苦しさは、木戸もよく知っていた。
 容堂は、軽躁だったのではない。むしろ不動にすぎたのだ。ときにそれが白とも映り、黒にも見えた。そうして毀誉褒貶さまざまあるなかで、彼は執念く己の道をとりつづけた。
 (だから、英雄である)
 と木戸は思う。言動の派手さなどは世を韜晦する術にすぎない。容堂の豪傑であるゆえんは、その一見にぶくおもえるほどの挙措(政治的な)のつつしみにある。
 が、いま目の前にいる容堂はどこまでも闊達で、陽気に飲みさわいでいる。
 「ああ、これはよくなされた」
 と、彼は手を拍った。さっきから宗城に詩を強いていたが、それが完成したらしい。
 「しかし結句のすわりがよろしくない」
 「いかようにもお直しくだされ」
 「では、そう……このように」
 「ああ」
 宗城はにこにこしている。議論ずきでやや小うるさいところがあるというのが宗城の評判だったが、妙なことに、さらにうるさ型の容堂の前ではすっかり角がとれて、柔和になっている。
 「木戸」
 と、容堂はそこでこちらを見た。
 「これを」
 たったいま宗城とふたりで詩を書きつけた料紙をぐいと突きだしたので、
 「拝見します」
 木戸は頭を垂れたままにじり寄って、両手にそれを受けた。受けながら、
 (さて)
 こまったな、と思っている。木戸は詩は何とか文字をつらねてそれらしいものがつくれるという程度で、字句のよしあしなどはよくわからない。が、読んだ以上はなにかいわねばならないだろう。どうしようか、と考えていたところへ、
 「おぬし、次韻せよ」
 などと言われたものだから、ますます当惑した。
 「いえ、私は、」
 「何でもいい。予州殿もお望みだ。のう予州殿」
 宗城は眦をさげてうなずいている。
 「私は平仄もろくに……」
 しきりに言いわけしたが、容堂は聞き入れない。後藤をふりかえると、だまってにやにやしている。やむなく、
 「お筆を拝借つかまつります」
 ずいぶん呻吟したあげく、やっと韻だけはどうにかととのえた。
 (われながら、まずい詩だ)
 筆を擱こうとすると容堂が、
 「それは記念にもらっておく。署名せよ」
 と言った。棄ててほしかったが、しかたなく「松菊狂生」と書き入れて、容堂の手許へもどした。
 「ほう」
 体のわりには華奢な顎をなでて、容堂は目をほそめた。が、べつに詩についての感想はいわず、かわりに、
 「おぬし、松菊と号するのか」
 と言った。
 「帰去来とはまあ、ありきたりだな」
 「は……」
 「帰りなんいざ――か。まだまだ、おぬしらに隠居はできまい」
 底光りのする眼で、容堂は笑った。
 「徳川(とくせん)の旧臣を逐うたあとの穴は、おぬしらの思うより大きいぞ。まあちょっと、」
 頭の片隅にでも入れておけ。そう言った声はよく練れて、色っぽいようないい声だった。が、木戸はぞくりと肝の冷えるのをおぼえ、返す言葉もなくただ平伏した。うらみ――というのとはちがう、容堂の無限のやるせなさと自嘲のおもいが、酒のにおいにまじって淡く座を漂っていた。
 
 「ならば以後は松菊と呼ぶことにしよう」
 空き部屋の隅で衣裳を解きながら、あの日容堂がそう言ったときのふしぎな笑みを、木戸は思い出していた。
 (皮肉なような、そうでもないような――……)
 冠を脱ぐと、頭のかるさにほっとする。
 彼は衣冠束帯の仰々しさをきらって、退朝時にはいつも平服に着替えてしまっていた。京都のときからそうだったが、東京行幸に供奉してきている今はなおのこと、市中でぞろりとした長袖姿は人目をひきすぎる。
 つい先頃「東京城」に名称を変え、宮城となった江戸城の一室で、彼はもとの楽な姿に戻って、大きく溜息をついた。
『堅苦しいばかりで味も何もわからぬ』
さっき容堂が言っていたのを思い出して苦笑する。なるほど木戸も、緊張で味などは覚えていなかった。今日は東京在勤の面々へ主上から酒饌の下賜があり、主上も出御ましまして、一同陪食にあずかったのである。
(しかし容堂公も放胆な)
 その席が果てたすぐあとに、大声で「飲み足りない」などとわざわざいうことはないではないか。旧臘彼が泥酔してあらわれた小御所会議で「幼冲の天子」などと放言し、その言葉尻を岩倉卿にとられて窮した話は誰もが知っている。今日また舌禍をかさねれば、どういう疑惑をもたれるかわからないであろう。そのくせ容堂は、勤王の志あついことにかけては人後に落ちぬという、やっかいな男なのである。
 要するに容堂が飲み足りぬといったのは何も天子に対してのあてつけではなく、彼の鬱懐の表現なのであろう。
 (あのときとおなじかな)
 脱いだものを行李におさめながら、木戸の思いはまた今年の初夏のことへかえっていった。
 
 「松菊と呼ぼう」
 片頬を高慢につりあげて、あのとき容堂は言った。
 「儂のことは容堂と呼べ」
 「あの、太守様、」
 「儂はそちのあるじではない」 
 ――第一とうに隠居しておるわ。
容堂は懐から大ぶりの蝙蝠扇をとりだし、片手でぱちり、ぱちりと閉じつひらきつししながら、
 「そちとは今日より詩酒の友ゆえな。酒の前では上下(しょうか)の別なぞ無用のものよ。そんなものはそれ、このとおり――」
 ふつうの倍はあろうかという大盃をぐいとあおいで、
 「飲み干してくれよう」
 濡れた唇を舐めながら、じろりとこちらを睨(ね)めつけた眼が、赤く充血していた。
 (何を仰せか)
 木戸は内心可笑しいような、あきれるような思いでそっと眼をふせた。
 土佐の階級のやかましさは、藩ぐるみ往き来の多かった長州藩士のあいだでは有名だった。そのやかましやの大親玉が容堂であったことも、木戸はほうぼうから聞かされて知っている。
 「が、御自身は御本家筋ではあらせられぬ。御連枝のお生まれだというのに――否、だからこそ、かな」
 そんなふうに悪口する者もあった。その容堂が、身分のことは措いておけという。そのくせそう言っている彼の口調はどこまでも高飛車だった。
 (ひょっとすると)
 木戸は面をふせたまま、冷静に勘をはたらかせた。
 浮世の身分にとらわれまいということ――それは大名と陪臣ということについてではなく、今現在の、新政府の序列が気に入らぬといいたかったのではないか。抜身のようにぎらぎらと光る容堂の両眼は、牙を矯められた獣にも似た、やるかたない憤懣とかすかな歎きに盈ちていた。
 「仰せのとおりに――」
 容堂様、と木戸は恭しく呼びかけた。猛獣の眼が、愉しげに笑った。
 
 「遅かったではないか」
 退朝がけにまっすぐやってきた木戸を広間に迎えて、容堂は不満げに言った。
 「申し訳ございません」
 体を小さくして詫びたが、到着までさほど時間を喰ったとも思えない。しかし容堂はいかにも不機嫌そうに脇息を抱き込んでいる。
 「まったく遅い。遅すぎるわ」
 「どこへも寄らずに参りましたが……」
 「したが、遅いのだ」
 だらしなく立てた膝を叩きながら、口をとがらせる。
 「おぬしはいつも儂を焦らせるのう」
 「そのような……」
 「いいや、焦らせておる。現に儂はいつも待っておるのだ。そもそも、いつぞや初めて会うたときもな」
 「は……?」
 容堂に別れてから邸へ来るまでの間、やはりその日のことを考えていた木戸は、思わずはっと顔をあげた。
 「あれにしたところが遅すぎた」
 「私は遅参したでしょうか……?」
 そんなはずはなかったが、と首をひねると、
 「遅参も遅参、大遅参だ。儂はな松菊、対馬守殿遭難のそのかみからぬしの名を知っておったわ。おぬしとてよもや儂を知らぬではなかったろう。もっと早くに会わねばおかしいではないか」
 「はあ……」
 「何を笑っておる」
 「いえ、初めて拝眉を得ました折から、私もそのように思っておりました」
 「申したわ」
 容堂は天井を仰いで哄笑した。すでに酒が入っているのかもしれなかった。
 「まあ、よい。約束だ。酒をとらせよう」
 木戸の前に膳部がはこばれてきた。ひととおりの支度をして、容堂と木戸にそれぞれ一礼して引っ込んでいった近習らしい少年は、やはり土佐の風なのか、ほうと思うような美童であった。
 
 今日の容堂は、風流を弄ぶ気はないらしい。彼はしきりに昔話をしたがった。
 「元吉という男はな」
 広い座敷には、容堂と木戸しかいない。その木戸の酌もことわって、彼は上段の高い畳の上で、手酌でやっている。一杯が早いので、注いで飲むという動作の繰り返しはなかなかせわしない。それでもその作業の合間に、彼は酔ったともおもわれぬ落ち着いた声音で、目は盃のなかに落としたまま、饒舌に語った。
 東洋吉田元吉のことを、容堂は御一新以来とみになつかしく思うのだという。
 「あれは今の世にこそよほど使いどころのある男だ。外交にせよ内治にせよ、まあ他藩のことはいわぬが、あれの器は福岡や後藤の比ではない」
 それを、と容堂は盃の縁を噛んだ。
 「それを寄ってたかって殺した馬鹿どものほうが、今は義士あつかいだ。しかし見よ、元吉の言った海防のこと、開市のこと、ひとつとして非ではなかったではないか。これをどう見る」
 容堂の声は抑えぎみであったが、大火鉢のあかあかと燃える室内で、彼のつめたい瞋りに、木戸はするどく骨を侵されるような気がした。
 「答えよ、松菊」
 (ああ、ずっと――)
 この仁はこれを問いたかったのだ、と思った。自分やほか多くの、御一新後、時を得顔で「義士」づらをしている陪臣連中に。それらはみな大抵、東洋を殺した土佐勤王党と深いか、直接のつながりはなくとも毛色としておなじであった。
 なるほど、東洋は卓見の士であったろう。世が平らいでからふりかえれば、容堂のいうのが道理というものである。その東洋がなぜ御一新を見ずに死なねばならなかったか。あらためてそう問われてしまえば、木戸にだって明確な答えはありはしない。
 「時勢とは――」
 と、彼はひくく呻くように言った。
 「時勢とは、まことに魔性のものでありましょう」
 「松菊」
 容堂は盃を捨てた。
 「それがそちの答えか」
 彼は座を蹴り、木戸の前まで来て仁王立ちになった。木戸は平伏した。
 「長州も、長井を殺したな」
 頭上で容堂がいった。ぎり、と鈍い音がしたのは、彼の歯軋りであったろう。
 「おもえば奇怪なことだ。長井の説を、天朝をなみする賊徒の説よとくさしながら、今その方らの執っておるのはつまり、かつて長井の建白したそのままの立国論ではないか」
 あと容堂が滔々と弁じ立てた内容は、その一片でも地下の同志の耳に届けば、墓を震わせかねまじいものであった。
 「儂は節義を知らぬとそちらの仲間によくいわれたが――隠すな、知っておるのだ、しかしならば長州は節義を知ってはいても、大いに変節したということになるではないか」
 「そも長州には政略のみあって至誠は存せざるもの」
「叡旨が気に入らぬとあれば御所に矢玉まで射かけたのはまことに慮外というほかない」
 「御一新の名は美なり、が、その実は天子を人質に取り奉っての陰謀にすぎぬのではないか」
 「ああ、七百年を経て崇徳院の御呪詛は結願せられたり。西南の梟臣、皇を取りたてまッて民とし、民を取って皇となさん――」
 犬の仔が雷雨にうたれるように、思いがけぬ痛罵を浴びせられて、木戸はもともと白いその肌を、死人のように蒼白にしていた。噛み締めた唇が、ひとりでにわななく。が、ともかくも彼は、ひとまず耐えた。耐えて、容堂の舌鋒が彼の疲れのためにやむのを待ち、その隙をつかまえて、
 「容堂様――――」
 手をついたまま、顔だけを上げた。
 「なんだ」
 容堂は唇を酒とつばきで濡らして、肩をいからせながらぎろりと木戸を見た。
 「お聞きを――」
 「何」
 「ねがわしゅう存じます」
 容堂は荒く息をついたまま、何とも答えなかった。が、その視線にうながされるのを感じて、
 「寡君は江家の裔(すえ)、武門にして勤王の志篤きはもとよりでございます――」
 容堂の吐きちらした非難にひとつずつ答えるかたちで、木戸はしずかに語りだした。はじめ訥々としていたその口調は次第に熱を帯び、しまいにはほとんど泣訴になった。
 弁疏しおえたとき、木戸は肩で息をしていた。
 「ふん……」
 容堂はどさりと腰をおろし、気のぬけたようにみじかい溜息をついた。
 「おぬしの話は長い」
 「は……」
 「まあ、よいわ」
 腕組みをして、容堂はぷいと横を向き、切れの長い眼をややもの憂げに曇らせた。なにか考えているらしい仕草だった。
 「その弁にも、一分の理が立っておらぬではあるまい」
 そう言ったのは、彼一流の褒め言葉であったかもしれない。
 「しかし、」
 と容堂はふたたび木戸を見た。
 「仮にいまの話を大膳大夫殿が仰せられるならそれでもよかろうが、おぬしの説だとするならそれは違うな」
 獰猛さを底に秘めた眼が、きらりと笑う。
 「違う、と仰せられますのは」
 「今日天下がこのようにあるは、至誠天に通じたためなどとしんから信じているおぬしではあるまい。第一それならばこの容堂などは、至誠おおいに足らなかったということになろう」
 「それは……」
 「それに、な」
 容堂は木戸の盃をとりあげてこちらへ突きだした。木戸が銚子をとってそれを盈たすと、容堂はくいと一気に飲み干し、また突きだしてつがせる。その動作を二、三度くりかえしたのち、
 「至誠至純で事が成るものなら、なぜそちは男娼の真似をする」
 容堂の手が、木戸の顎をとらえた。とっさに何かいおうとひらきかけた口を強く吸われ、舌を入れられた。
 「……お戯れを」
 「ほう、否定せぬのか」
 顎から首筋、耳のうしろへと撫でさすられて、木戸の肩がぞくりと顫える。
 「おぬしも一国の政事を看た男ならわかるだろう。世の中にはとかく、つまらぬ噂話で人の歓心を買おうという、下卑た根性の連中がいるものでな」
 そういう連中の囀るくだらぬ話に、昔からずいぶん接してきたのだと容堂はいう。
 「儂も面倒な立場ゆえ、ほうぼうからいろいろの噂を手土産に、なんとか顔をつなぎたい肚の馬鹿がいくらも来た。大は天下の趨勢に関することから、小は近臣の行状までな。まあいちいち小うるさいことだ」
 容堂の指先が、うなじをくすぐる。木戸は畳の上にだらしなく投げ出された彼の足の、足袋の白さをじっと見つめていた。
 「『ここだけの話』だとか市井の連中がぬかす話にはな、真実なぞ、まあ、百に一つもあるかないかだ。そうであろう、松菊」
 「……は」
 「だから儂もひとつとして本気にとりあげたことはない。いずれくだらぬ話であったしな」
 そういうなかに、と容堂は木戸の耳に唇をよせた。
 「長州ではときに折衝のために陰間をつかうのだと言った男があったのよ。埒もない、長州は若衆を愛さぬ風ではないかと、そのときは気にも留めなんだ。――しかし」
 「容堂様、」
 木戸は腰を浮かした。容堂の手が、襟から素肌に滑りこんできている。離れようとしたが、容堂の鋭い眼に睨まれて、やむなくその場にとどまった。逃げようとして、しかし貴賤のへだてのために思うようにできない木戸を、容堂は愉しそうに眺めた。
 「初めておぬしを見てより、もしやと思っていた。今夜も今の今まで半ばはたわむれのつもりであったが、こうして触れてみればもはや疑いようもない」
 首筋に痛みがはしり、木戸はおもわず唇を噛んだ。容堂の歯が、そこに食い込んでいる。おそらく痕がついたであろう。
 「お前の体は、男を知っておるな」
 容堂の両眼が、薄暗い燈火の下にも似合わぬほどの、ぎらぎらと凄まじい光をたたえていた。
 
 「抱いてやろう」
 傲岸にそう言い放ち、容堂は木戸の体にのしかかってきた。倒れまいと後ろに手をついた木戸は、しかし、逆らうことの無益さを思って、やがてゆったりと容堂の体重をうけとめた。
 襟を剥かれ、容堂の唇が胸を喰む。
 (本気だろうか)
 乳首を弄ばれ、するどく息を詰めながら、木戸はまだ往生際わるく逃げ道を考えていた。今まで誰を相手にしてもさして抵抗もなく流されてきたのだが、なんとなく――本当にただなんとなくなのだが――今回ばかりは勝手がちがうような気がした。
 (抱かれてもよいものだろうか)
 今さら出し惜しみするような無垢な体ではないくせに、なぜか不安が消えない。
「容堂様、どうか……」
やんわりとその体を押しのけようとすると、乳首を強く噛まれた。
「い……っ!」
「嫌か松菊。嫌ならもっと抗ってみせろ」
容堂のうすい唇が不敵に微笑む。
「儂はなすがままに寝ている女というのは嫌いでな」
「容堂様、」
「そうそう、そんなふうに、恨みがましく見上げられるのがたまらぬわ」
しゅっと高く音を立てて、袴の紐が解かれる。手で押えようとしたのも束の間、
「――おい」
低い声で脅されて、木戸の四肢から力が抜ける。すぐに袴が引き抜かれ、つづいて大きく裾を割られた。
「邪魔だ」
容堂は木戸の腰を顎でしゃくった。
「取って見せよ」
下帯を、自分で解けという。木戸がためらっていると、容堂は不意に眉を下げて、
「松菊はこの程度の頼みすら聞いてくれぬのか」
情けないような顔を――それはつくりものの表情だとはっきりわかるのだったが――してみせた。
「儂がこうして威張れるのも邸のなかだけのこと。ことごとしい官名はついておっても、一歩外に出ればこの隠居じじいなぞはもはや用済み、誰も顧みてはくれぬわ」
「そのような、」
「言うな。そちの憐れみは受けぬ」
真顔にもどって、ぴしゃりと言った。
「それでいいのだ。もはや大名が所領に甘んじ、太平に泥んでおるときではない。しかし三百年の上慢のくせというものは一朝一夕には抜けぬものでな」
容堂の頬がゆがむ。その自嘲のような、低くふつふつとたぎる瞋りにも似た表情に、木戸は最前からの不安の正体に思い当たった。閉じようとした膝を、大きな手でがしりと掴まれる。
「旧臣どもが得意顔をしてのさばっている横で、手も足も縛られて思うように口もきかせてもらえぬような毎日では、実につまらぬ。そのつまらなさを、それでも儂は耐えておるのだ。そちら徴士様が右といえば左も右、黒といえば白も黒、儂はさからわずにいるではないか。宮城をさがって儂の邸で、このくらいの頼みは聞いてくれてもいいではないか」
どうだ、え、松菊。容堂の紅い舌が、ぬらりと唇を湿した。
(なるほどこの仁は)
繋がれた獣だ、と木戸は思った。時勢に搦めとられ、牙も角も矯められても、獣にはまだ鎖を引きちぎる力も、地を蹴って駆ける足もある。深く不満を蔵し、たえず低い呻きを洩らしながら、それでもこの猛獣は、自分を繋ぐ鎖になにがしかの理をみとめて、おとなしく飼われているのだ。ただときどき、爪を光らせ、逞しい脚を見せつけて、「飼われてやっているのだぞ」と咆吼しながら。
(無理もない)
言えば容堂は怒るにちがいないが、実際気の毒なことだ、と思う。
時勢は彼に――大名であるという彼の出自に、ほどなくその表舞台からの退場を命ずるであろう。それは容堂もわかっていて、彼なりに納得しているらしい。しかし彼ほどの器量と気迫をもった男が、それらを顕す場を奪われて、あとをどうするというのか。
無論容堂はそこで兵戈の事に出るような馬鹿ではない。彼はきっちりと退隠するであろう。
が、その行き場をうしなった熱情はどうなるのか――――
「早く取らぬと、ひどくするぞ」
はらわたをえぐるような酷薄な笑みを、容堂はうかべた。木戸はあきらめて、下帯を解きにかかった。ふるえる指先がどうにかその作業をしている間、容堂は木戸の膝を割り、内股をさかんに舐っていた。
「…………」
舌の熱さに木戸は唇を噛み、涙ぐんだ。下帯を取りさってしまうと、
「よかろう」
容堂のほくそ笑んだ声とともに、さらに大きく脚を開かされた。次第に荒くなるその息遣いをあらぬ場所に感じながら、木戸は涙に滲んだ眼で、高い天井を見上げた。
怖かった。
いまや容堂は、猛々しく木戸を求めていた。時勢に縛られて出口をなくし、彼のうちに渦巻くように奔騰しているにちがいないあらゆる慾は、
(あるいは今日から――)
自分の体に向けられるのではないか。
木戸はそれを思ってひそかに恐怖した。
 
容堂の節くれだった指が、木戸の中で蠢く。
「さ、わかるか。二本だ」
歌うように囁かれて、木戸はかろうじてうなずいた。
指に犯されている粘膜が、ひどく熱い。容堂はそこへ酒を塗りこめていた。
「あまり飲んでおらぬようだったからな」
親切めかしく、彼は微笑んだ。
「酒は過ごせば鈍くなるが、ほろ酔いかげんでまぐわうほうが愉しかろう」
そういって指を盃に浸し、濡れたまま木戸のそこへ触れ、入口を何度か撫でたあとで、さらにまた濡らして中を犯した。
「口から飲むよりも早い」
容堂がそう言っていたように、塗られたのはさほどの量とも思えないのに、すでに全身の血の中を酒精がめぐるのを感じていた。体が火照り、視界に恍惚の靄がかかる。
「……、…………」
すべてが次第に淡あわと朧になってゆくなかで、容堂の指の感触だけが生々しかった。
「声はこらえるな」
ねっとりと内壁を擦られて、とっさに口に押し当てた手を剥がされる。
「いい顔をする」
酒臭い舌が、木戸の目尻をこぼれた涙を舐めとった。
容堂はその傲岸さににあわず、ゆっくりと、念入りに木戸を解した。それは木戸には慣れない所作だった。今までのどの男も、木戸の服を剥いたあとはほとんど抑えがきかなかった。時間をかけて触れられ、ゆるやかな快感をあたえては引かれるその感覚の焦れったさに、木戸はたまらずすすり泣いた。
「もうこんなになるものか」
腹につきそうなほど反りかえった木戸のそこに、容堂のもう一方の手が触れる。
「好きでたまらぬという体だな」
そう言われて、おもわず固く眼を閉じた、その瞼の上に、容堂の唇が落とされる。
「誰も責めてはおらぬ」
ひときわ深く入りこんできた指に、木戸は背を波打たせてふるえた。容堂の忍び笑いが、彼の唇をとおしてつたわる。瞼が、熱かった。
「もしも」
と、瞼の上で容堂はささやいた。
「もしもお前がわが土佐にその少年を送っておったなら、お前を抱きたい男どもで門前市をなしたであろうな」
陰茎に触れた手が、ゆっくりとそれを撫でさする。同時に、中の弱い場所をかるく掻かれて、木戸は泣きむせんだ。
「ほう、やはりここか?」
と、容堂はそれをたしかめてから、
「まあもっとも市をなさしめる前に、儂が城へ召し上げてしまうがな」
誰にも触れさせはせぬわ。湿った声で容堂は笑った。
(ああ、犯される――)
容堂の声が、闊達な笑いが、その奥に潜んだ鬱懐が、塗り込まれた酒とともに血を浸していく気がした。自分の中で、容堂のその濃度がしだいにこくなってゆく――奇怪な想像ながら、あたえられる快楽のなかでふとそんなことを思って、木戸はあらためて容堂をおそれた。
不意につまらぬことを口ばしったのは、あるいはその恐怖からのがれるためだったのかもしれない。木戸は、
「何も私のような者にご執心めされずとも……」
土佐二十四万石の老公ともなれば、その気になれば美姫がそれこそ市をなすであろうと、そういう意味のことを言った。
と、容堂は、
「可愛気のないことをいう」
鼻を鳴らし、まだそういうことを言うゆとりがあったか。そうつぶやきながらさきほど探りあてた木戸の弱点に触れ、木戸が啼くのを愉しげに眺めた。そうして、
「大膳大夫殿もおなじことを仰せであったな」
にんまりとほくそ笑んだ。
「それ、お前も知っていよう、儂の『酔擁美人楼』の扁額な、あれを大膳大夫殿はあきれておいでになった」
――二十四万石の大名ともなれば、美酒にも美人にも贅してあたりまえであろう。何もことさら標榜さるるにあたらぬ。容堂公のあれは、自ら無頼を衒うというものだ。
長州侯毛利敬親という人は、およそ人の批評がましいことをいわない性格であったが、どうしたものか、容堂のその扁額についてだけはそんな感想を洩らしたという。ひょっとするとその話の頃というのは敬親が藩内外の“豪傑”どもにほとほと手を焼いていた頃で、だから容堂のことさらな“豪傑”ぶりについても、ちょっと冷笑してみたいところがあったのかもしれない。
ともあれ、
「お前も聞いたことがあろう」
と容堂はいう。
「さあ、私は存じませぬが」
木戸は肩で息をしながら、目をそらした。本当は知っている。
「まあ、よい」
容堂は木戸の顎をとらえて正面をむかせた。
「大膳大夫殿の仰せももっともなことだ。儂が美姫を所望すれば、十人や二十人あつまらぬものではない。しかしかの君は肝腎なことを存ぜられぬ」
儂はのう、とそこで容堂は膝立ちになり、袴を下ろした。
「美姫を眺めるだけなら思いのままよ。しかし抱くとなるとこれがなかなかやっかいでな」
容堂は自分の裾のなかに手を入れた。やがて帯の下から取り出して見せたものは、今までそんな気ぶりも見せなかったのに、すっかり勃ちあがっていた。
それはいい。
「容堂様……」
木戸はおもわず後じさろうとした。
「どうしても挿らぬ女もいるものでな。大方は挿っても痛がるばかりで一向つまらぬ」
それはそうであろう。猛りきった容堂の巨きさは、いっそ凶暴といっていいほどであった。容堂はなりの大きな男だが、その体でなお、それは不釣合な存在感をはなっている。
――それを。
「しかしお前は儂を慰めてくれような」
指が抜かれ、かわりにその先端が押し当てられる。木戸は腰を引いた。
「逃げるな」
容堂が低い声で叱りつける。
「お赦しくださいませ。私にはとても……」
「お前でなくて誰に似合うものか」
閉じようとした脚を膝で乱暴に割られ、起きあがりかけた肩をおさえつけられる。
「動くな。暴れると痛いぞ」
「容堂様……!」
「案ずるな。おとなしくしておれば乱暴はせぬ」
耳もとにささやかれた声は、意外にやさしかった。
「傷ひとつつけずに、儂の虜にしてやる」
裂けてしまう。そう思うのに。
容堂に耳朶を甘く喰まれ、木戸の体から力がぬけた。
 
体の軋る音が聞こえそうなほどに窮屈な肉の隙間を、容堂がじりじりと押し進んでくる。
「はっ………ぁ、」
木戸は大きくはだけられて体の下で波打っている服の端をつかみ、ともすれば食いしばりそうになる上下の歯を意識的に何度も引きはなして、深く息を吸い、また吐いた。
「そうそう、そうしてゆっくりと息をしていろ」
容堂も楽ではないはずだったが、彼の声は愉しげにはずんでいた。
「さすがに馴れておるな。巧くしたものだ」
「あ、」
ずる、と滑り込む感触があった。先端のもっともいかった部分が、中へおさまったらしい。
「ああ、やはりお前には挿った」
容堂が満足げに言った。
「ここをすぎればどうということはない――まあ釈迦に説法だろうがな。痛いか?」
木戸は自分の耳にうるさいほどの派手な呼吸をしながら、容堂の顔を見上げ、すこし考えて首を横に振った。
限界まで容堂に押しひろげられたそこは、苦しかった。しかしそれは痛みとはちがうことを、木戸は知っていた。
容堂がにやりと笑う。まだ汗らしい汗もかいていなかったが、むっと体の蒸れるにおいがしそうな、雄の顔を彼はしていた。両眸(め)の光が、木戸の奥に眠っている淫獣の檻を、あやまたず射る。解きはなたれた獣はしなやかな体を反らせて、肉のなかへおどり出ようとしていた。
「さ、もっとくれてやろう」
容堂は自身に添えていた手を離し、木戸の腰をつかんで、ゆっくりと密着してきた。
「あ……あ……」
容堂の先端が次々と木戸の肉を割って、中を暴いてゆく。その硬さと圧迫感に、体がふるえた。
「あぁ、」
「それ、奥まで挿るぞ」
呼吸がしだいに、早く、浅くなる。繋がる前に容堂は、もう一度木戸の中を酒で濡らした。その酒精が早くもふたたび、全身をめぐっている。
(熱い……)
体が、容堂を受けいれている部分が、特に熱かった。灼けた鉄の楔を打ち込まれているようで、その苦痛であるはずの感覚に、しかし木戸のそこは、嬉しげに容堂にねぶりついていた。
「なんとお前は……」
最後までおさめきった容堂は、上体を倒し、木戸の首筋に浮いた汗の玉を吸った。中へ加わった圧迫と、唇をうけた部分の感触に、木戸は爪先で畳を掻いた。
「男泣かせな体をしおって」
溜息とともに、容堂が唸った。戯れたのではなく、心底おどろいたという色がその顔にあらわれていた。
そのまま容堂は、腰は動かさず、木戸の体のそこここに軽いいたずらをした。酒に熱くほぐれた肉を、信じがたい質量で深く穿たれたままの木戸は、わずかな刺激にもたやすく反応し、そのことが容堂をひどくよろこばせた。
「そろそろ動いてやろうな」
子供をあやすような声で容堂がそういったとき、木戸はすでに、その長い睫毛をふるわせて泣き出していた。
 
「ん……っ、あ、」
容堂と触れているそこは、全身のうちではわずかな面積にすぎないのに、まるで体じゅうの肉が彼に愛撫されているようだった。
「はぁ……っ」
捲られた自分の裾を引きちぎりそうにつかんだ手を、容堂にとがめられる。
「儂につかまれ」
腕をとらえられ、容堂の背に回される。爪をたててもかまわぬ、といわれ、しかしまさかそんなことも出来ない木戸は、指の腹に力をこめて、必死に容堂にしがみついた。その貴種ににあわぬ逞しい肩ごしに、天井が遠くかすんで見えた。常にない場所から摂った酒と、そこに受ける強すぎる感覚に、脳髄が痺れるのを感じていた。
「どうだ」
ゆっくりと抜き挿しされながら、低い、肚に沁みる声でそうささやかれ、
「あ……、お、大き……」
息がとまるほどの充足感をそう訴えた。
容堂は
「ほう」
と笑うと、
「松菊は大きいのが好きか?」
「…………すっ……」
「うん?」
「好きに、ございます……」
「困った奴だのう」
べろりと木戸の耳を舐めあげた。木戸の腰がひとりでに跳ね、ますます容堂の形をはっきりと感じる。
「ああぁ、」
「それ、そんなに締めつけては、」
容堂の声は淫欲にかすれながら、歌うような節がついていた。
「こんなところへ当たってしまう」
「ひ……っ」
先に指でさぐりあてたその箇所を、ぐっと押し上げられた。
「さて、やはり松菊は大きいものを使ってここを、」
「や、」
「こんなふうにされるのが好きか?」
「ああっ」
「好きか?」
「っ、……はい…………」
「お前は奥も好きだろうな。そういう顔だ」
言うなり今度は奥を突かれる。
「容、堂様、」
木戸は自分でもそれと気づかぬまま、ほとんどしゃくりあげるようにして泣いていた。
容堂はゆっくりと動いているのに、すさまじいばかりの快感が背を駆け上る。感覚器の容量をはるかに上回る大きさの波が次々に押し寄せて、体がばらばらになりそうだった。
「あ、あああぁんっ」
深くきつく貫かれて、とめどなく声があふれる。初めて知る容堂の大きさに翻弄され、木戸は完全に獣に堕ちた。
「犯し、て……、犯してくださいませ、」
「まぐわっておるではないか」
「もっと、もっと頂戴しとうございます」
「仕方のない奴だ」
淫乱め。耳もとでささやかれたその言葉を、これほどの悦びとともに聞いたことがあっただろうか。ちかちかと視界が白く明滅した。自分の体の奥に、潮のようなうねりを感じる。
「容堂様、もう……」
「早い」
「で、ですが、」
「まだほんのすこし、こうしたばかりのことで、」
「あ……!」
「これから儂はもっとこう……」
「や、あ、ああぁ、」
弱い場所を擦りあげながら、ぐん、と奥に衝撃を加えられた。瞬間、呼吸も鼓動も止まったように感じた。それは甘美なみじかい死だった。木戸は大きく背をしならせ、容堂の背に脚をからめて果てた。
 
しかし、容堂は執拗だった。
「こらえろと言ったではないか」
腹から胸へかけて散った遂情のあとを、舌でねぶられ、あるいは音をたてて吸われる。
そうして一度顔をあげると、容堂は自分の腹にも飛んだそれを指ですくいとって、
「儂までよごしおって」
木戸の頬になすりつけた。
「躾のなっておらん小僧だな」
まだ完全に萎えてはいないそれを握られる。
「お、ゆるしくださ……っ、」
まだ呼吸も整っていない木戸に、その刺激はきつかった。さらに体の中には、相変わらず大きく張りつめて硬いままの容堂がいる。
「のう、松菊よ」
容堂の大きな掌が、わざと緩慢な動きで木戸を弄ぶ。
「手でこうされるのと、中を犯されるのと、どちらが好きだ」
お前にえらばせてやろう、と、容堂は慈母のような顔で目をほそめた。
「しかしもう耐えられぬというなら、儂も鬼ではない。これまでにしてやろうな」
猫撫で声でささやかれる。朦朧とした頭でその意味を悟る前に、中から容堂が退こうとする感触が、烈しい寂寥感となって木戸を襲う。
「な、中……、」
考えるゆとりもなく、木戸はそう叫んでいた。
「どうか中で……お情けを、」
「お前がそういうのなら、仕方あるまいなぁ」
にっと容堂が頬をゆがめた。
 
どれほどの時間が経ったろうか。
泣いても、達しても、木戸は赦されなかった。
容堂は子供がおもちゃをいじるように、木戸に次々とあらゆる姿勢を強い、ちがった角度をためした。容堂は少しも衰えず、それどころか初めにうけいれたときより質量を増しているようにさえおもえるその雄に、木戸は我を忘れて身悶えた。何度も気を喪いかけ、そのたびに容堂にゆさぶられて起こされた。
「ぁ……もう…………、」
死んでしまう、と思った。しかし、意識はこれほど苦しいと訴えているのに、木戸の体は彼自身を裏切って、貪欲に容堂を求めつづけた。容堂が動くたびに自分の淫肉が彼を締めつけるのがわかる。だから、
「吸いついてくるわ」
と容堂にからかわれても、かるく唇を噛んでうなずくしか、木戸にはできなかった。
「こんな体をしていては、男なしではいられぬだろう」
嬉しげにそう言う容堂は、今は木戸を四つん這いにさせ、後ろから突いていた。さっきも一度試したその交わりかたを、彼は気に入ったらしい。
「もっと腰を振れ」
命じられても、深い場所を――ほかの誰も迎えたことのない奥を犯される感覚に、膝ががくがくとふるえて、うまく動けない。揺すられるままただ啼いていると、
「松菊よ」
背中に容堂が覆いかぶさり、耳を噛んだ。がくりと木戸の肩が沈む。
「あ……あ、」
「お前はどうするのがいちばん好きだ」
「……ど、どう……?」
問われた意味がわからずに、肩越しに容堂をふりかえる。と、苦笑しながら軽く腰をひねられた。
「やぁ……っ、」
「いろいろにしてみただろう。お前はどれがいちばん気に入ったかと聞いている」
正面がいいか、座ってするのが好きか。それとも後ろからがいいのか。そうささやかれて木戸は、
「あ……」
畳に爪を立てた。ほとんど意識もおぼろになっていたはずの、容堂に組み敷かれてから今までの記憶が、彼の低い声に耳朶を嬲られた刹那、あざやかな音と映像、それに触覚となってよみがえったのである。
「どうだ、松菊」
容堂の手が背中から脇腹、胸へとまわり、乳首を掻いた。
「わ、わかりませ……、」
「わからぬではこまるな」
そこを抓まれて、木戸の喉から甘い歎きが洩れる。
「どれでも、好きなようにしてやろうというのに、わからぬではな」
容堂がわざとらしく溜息をつく。
「わ、私は……」
木戸はもう一度容堂をふりかえる。彼は相変わらず不敵に微笑んでいたが、額には汗が滲み、蔽いようのない快楽に、むっと雄のにおいが立ちのぼるような表情をしていた。
「私は、」
と木戸は後ろに手をやり、半ばは自分の中に埋まっている容堂のそこに触れた。
「容堂様……が、好きにございます」
ですから、どうか……。ふるえる指先で撫でさする。
容堂は一瞬呆気にとられた顔をしていたが、すぐにそれを鼻先で笑いとばし、
「お前は本当に仕様がないな」
どれ、と木戸の手を払った。
「それほどねだられたからには」
「あ、」
烈しい抽挿が再開される。
「儂の子種をやらずばなるまいな」
「あ、あ、下さ、下さりませ……!」
「よしよし」
腰を強くつかまれ、きつく打ちつけられる。肉のぶつかりあう音が高く響き、何度めかに容堂のくぐもった声がそれにまじった。同時に、体の奥に熱い迸りを感じる。
「あ……あぁ……」
体内を容堂の精で盈たされる感覚に、木戸は全身をふるわせて、もうほとんど色味のなくなったものを弱々しく吐いた。
そうして、
(長いな……)
なかなかおわらない容堂の放出を、すべて見届けないまま意識を手放した。
 
「帰るのか」
重たい体を起こし、散らばった衣服をかきよせている木戸の背に、容堂の声がかかった。
「泊まっていけばよかろう」
といわれたが、それはことわった。
容堂に抱かれている間、あたりを憚ることも忘れて声をあげた。邸内の誰にも聞こえなかったはずはない。それを思えば、暗いうちに退出してしまいたかった。
「駕籠を出してやろうか」
のそりと起きあがって、胡座をかきながら容堂は言う。こういうところは存外親切であった。
が、
「いえ……」
まさか山内家の定紋入りの駕籠で帰るわけにもいくまい。それに駕籠を舁かせるとなれば邸の人数をたのまねばならない。目立つことはいやだった。
「しかし、歩けまいが」
ぐったりと萎えた木戸の腰を見て苦笑する。その尻から太股にかけての肌は、容堂の放ったものでぬらりと濡れていた。
「馬を貸してやろう。乗れるか?」
「……拝借つかまつります」
気恥ずかしさにうつむいたまま、木戸は頷いた。騎乗もようやっとというところだろう。中にはまだ、容堂が入っているような感じがする。
「それからこれを取らせよう」
交情のまえに彼が着ていた襦袢を、丸めてこちらに突きだした。
「は……」
「それを着ては帰れまい」
容堂が目顔で示した先には、木戸の体の下でもみくちゃになった襦袢がある。それは二人の遂情のあとですっかり汚れていた。
「それで体を拭いて、儂のを着て行け」
おまえのそれは、今日の記念に置いてゆけ。舌なめずりしながらそう言われて、木戸は赤面した。両手に容堂の襦袢を受け取ると、絹物のそれは、さらさらと小気味よい音がした。
「どれ、手伝ってやろうな」
と、容堂の太い腕が伸びてきて、木戸の襦袢の端をめくり、その布地ごと肌にふれた。
「清めてやろう」
濡れたあとを拭いさりながら、かすかに熱のわだかまる体に悪戯される。木戸は戸惑いながらやわらかくこばみ、しかしやがてうっとりと容堂にしなだれかかった。
 
「なんぞ、儂の目のむくようなことがあろうか」
身支度を了えようとしている木戸の横で、容堂がぼんやりとつぶやいた。
「この先、何か愉快なことがあると思うか」
この儂に――。
祭が果てたあとのような、なにか底のほうで燻りつづける熱狂の埋み火と、醒めたやるせなさの淀みを、その顔は宿していた。
(この先というのはつまり――)
時勢が彼に不要者の烙印――それはなんと驕慢な宣告であろう――を捺したあとのことをいっているのだと、木戸にはわかる。
「ございましょうとも」
微笑んで、木戸はうなずいた。
「ございましょう、いくらでも」
それは慰めで言ったのではない。容堂がふたたび天下に雄飛するさまを、ほかでもない木戸自身が見てみたかった。
(たとえそれが国家の事でなくとも)
容堂ほどの器量ならば、学問、芸術、その他のどれへ志をのばそうとも、磨きかたしだいで一家をなすことは可能であろう。
「何か面白いことをお見つけあそばしましたら、そのときはどうぞこの松菊にもお聞かせください」
そういうと、容堂はちろりと眼のはしで木戸をふりかえったが、やがてかすかにその眼尻を笑ませ、木戸を抱きよせて口を吸った。
「お前を孕ませることができれば、よほど面白かろうになあ」
「容堂様のお胤でも、私の産む子などたかがしれております」
「そんなこともあるまい」
「いえ、そうに決まっております」
非礼を承知で、断定的に言った。
「いやにさからうではないか」
と、容堂が笑う。
「はい。ですから」
頬を撫でる手に、そっと指をからめた。
「容堂様の御所望のものは、何にまれ、御自身でおつくりあそばしませ」
ありったけの感情をそそぎこむように、容堂の眼を見つめる。黒く深い瞳が一瞬、かすかなおどろきに見ひらかれ、やがて滲むようにそれが掻き消えると、あのぎらぎらと獰猛な光がよみがえった。
「かなわぬわ」
もう一度、今度はきつく搾りあげるように口づけられる。やがてどちらからともなく体が離れ、深更の静寂のなかに、両者は淡く微笑みあった。
広い庭のどこかで、とらつぐみが啼いている。
鄭重に辞去の挨拶をしたあとで、
「また来い」
有無をいわせぬ傲岸さで容堂が言い放ったその声を、木戸は秘めやかな愛撫のように聞いた。

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【2012/07/22 14:18 】 | よみもの
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